前田日明氏が天龍に明かす 21年越しの「モハメド・アリ弟子入り」

2020年08月26日 14時00分

猪木引退セレモニーに参加したアリ(左)と前田氏(上)(98年4月4日、東京ドーム)

【天龍源一郎vsレジェンド対談 龍魂激論・中編】ミスタープロレスこと天龍源一郎(70)がホスト役を務める「龍魂激論」。ゲストにリングスCEOの前田日明氏(61)を迎えた中編では、「格闘王」誕生秘話に迫る。新日本プロレスでデビューし、UWFマットで開花した前田氏が当時、弟子入りを目指したのがボクシングの元世界ヘビー級王者モハメド・アリだ。目的が果たされないまま迎えた1998年4月4日、天龍もいた“あの場所”でついに初対面の時が訪れた――。

 天龍 俺が前田選手を最初に意識したのは、東スポの記事で新団体(1984年4月に旗揚げした第1次UWF)を見た時ですね。エースなのは分かったんだけど、メンバーにラッシャー木村がいたのがとても不思議でね。「前田選手と木村選手?」という印象が強烈に残っています。

 前田氏(以下前田)あの時は目まぐるしく状況が変わっていました。海外遠征(英国)に行って「3年ぐらいは」と言われていたのに、たった1年で戻されて。「すぐ英国に戻すから」と言われていたけど(新日本プロレスで)クーデターが起こった。選手会と事務所がもめて、(当時の新日本プロレス専務取締役営業本部長)新間(寿)さんからユニバーサル(UWF)旗揚げの話を聞かされた。新間さんはプロレス界に入れてくれた恩人だし、わだかまりは何もないから(新団体に)行ってみたら、いきなり「エース」と呼ばれたんですよ。後から新間さんと(アントニオ)猪木さんも行くからと言われたけど「俺、1年半前まで前座だったんだけどな」と思ってました。

 天龍(78年8月に)デビューしてプロレスを覚えて2、3年で欧州に行ったんですよね。欧州って色が違うじゃない。発展途上で戻ってきたと思うけど、プロレスラーとしての意識が確立されたのはいつぐらい?

 前田(88年5月に第2次)UWFを旗揚げするぐらい。ちょうど10年目の時期ですかね。

 天龍 ああ、やっぱり10年目ですか。俺もプロレスが分かりかけてきたのは大相撲から(76年10月に)転向して10年目くらいだった。やっぱり自分の形が出来上がるのは10年必要だね。

 前田 そうですね。10年かかりますね。特に海外遠征は大事。長期間でいろんな土地へ行き、あらゆるコンビネーションや戦い方をデータとして体にインプットする。それで無意識にどこでも誰とでも戦えるようになるんですよね。

 天龍 米国だと「ジャップ!」と罵倒されてね。俺は南部の下の下のテリトリーだったけど前田選手は欧州の後、いきなりWWF(現WWE)に行ってトップを見てる。

 前田 ユニバーサルを旗揚げして、新間さんが米国で試合をやるというので(84年3月から)2か月のサーキットを3回やった。通常は真ん中の試合だったけど、新間さんが来た時はニューヨークでメインだった。WWFはいろんなタイプがいて、いろんなパターンを覚えられました。

 ――当時、新日本と全日本は接点がなかった

 前田 猪木さんは「テレビに出ている偉い大スター」という印象で別格だった。今でもそういう意識はある。全日本はジャイアント馬場さんが頂点にいて「新日本はストロングスタイル、全日本はアメリカンスタイル」と言われていたけど、他団体を意識する余裕は自分にはなかった。入った時はトンボみたいな細い体で、毎日練習をこなすのが精一杯でした。

 天龍 空手をやってからプロレスに入ったんですよね。抵抗はあった?

 前田 俺、新間さんに「モハメド・アリの弟子にしてやるから」と言われてプロレスに入ったんですよ。「いつになったらアリの弟子になれるんかな?」と毎日思ってましたから。それで猪木さんの最後の試合(98年4月4日、東京ドーム)にアリがプレゼンターで来てるって言うんで、サインもらいに行きました。

 天龍 知ってますよ。

 前田「アリにサインもらえないなら猪木さんに花束渡さない」って(笑い)。強引に控室まで行って「僕はこういう理由であなたの弟子にしてやるとだまされて、新日本プロレスに入りました」とあいさつしたんです。

 天龍(同じプレゼンターの)控室で聞いて「コンチクショー」ってうらやましく思ったよ。

 前田 アリには「ちょっとお前、構えてみろ。俺の弟子とか言いながら、本当は猪木の敵討ちで俺を襲いに来たんだろ?」と言われました。構えたらアリは「今、見えたか?」って言う。「いえ、見えませんでした」「俺は今、お前にパンチを10発放ったんだ」って。すぐに「サインいただけますか」ってお願いして、パスカードにサインしてもらった。うれしくてスキップしながら控室を出ましたよ(笑い)。

 天龍 それはもう弟子なんじゃないですか(笑い)。「開運!なんでも鑑定団」に出したらすごいでしょうね。

 ☆まえだ・あきら 1959年1月24日生まれ。大阪市出身。78年8月に新日本プロレスでデビュー。84年に第1次UWFに参加後、88年に第2次UWFを旗揚げ。91年にはリングスを立ち上げた。99年2月に「霊長類最強の男」と呼ばれたレスリング五輪3連覇のアレクサンダー・カレリンとの一戦で現役を引退。その後も海外との人脈を生かして数々の強豪を招聘し、2008年3月からアマチュア格闘技大会「THE OUTSIDER」を主宰する。現役時は192センチ、109キロ。