【1974年8月16日】猪木&坂口がNWA認定北米タッグを初戴冠 新日旗揚げからわずか2年で

2020年08月19日 12時00分

王座奪取の猪木(左)と坂口は歓喜の表情を浮かべた

【プロレスPLAY BACK(96)】新日本プロレスは29日の東京・明治神宮野球場大会で「KOPW 2020」決定4WAY戦を行う。オカダ・カズチカの提唱によって新設された王座で、既存の権威に左右されない新たな価値観はいかにも現代的だ。

 日本プロレスの祖・力道山の時代から、ベルトは長く権威の象徴とされた。日本人による王座の新設はあまり価値が伴わない場合が多く、1980年代までは世界的な知名度を誇るNWA、AWA、WWF(現WWE)などの米国団体王座が日本マットでも最大級の威厳を誇っていた。

 今から46年前の1974年8月16日(日本時間同17日)、アントニオ猪木が“世界の荒鷲”坂口征二とNWA認定北米タッグ王座を初戴冠した。当時、最高権威とされたNWAとの関係は全日本プロレスのほうが強固だったため、新日本にとっては前年(73年12月)に猪木がジョニー・パワーズから奪取したNWFヘビー級王座とともに、長らく看板ベルトとなった。本紙は1面で快挙の詳細を報じている。

「アントニオ猪木と坂口征二の黄金コンビがついに“タッグ世界一”の座を獲得した。選手権者カール・フォン・ショッツ、クルト・フォン・ヘス組に猪木組が挑んだNWA認定ノースアメリカンタッグ選手権は16日夜(日本時間17日午後)ロサンゼルスのオリンピック・オーデトリアムで行われ、スタートから激しい乱撃戦となった。1本目は坂口がつかまり選手権者組の巧妙な反則にダウン。ダブルブレーンバスターで叩きつけられ、先制フォールを奪われた。

 2本目は坂口がアトミックドロップでヘスを叩きつけた後、猪木がコブラツイストを決めて1―1。決勝ラウンドは黄金コンビがスパート。再びヘスに猛攻を加えると、猪木がポスト上段からニードロップ。受けた坂口が豪快無双のシュミット式バックブリーカーを爆発させて決勝点。ついに宿願だった黄金のチャンピオンベルトを締めた。

 猪木の話『ヘスに攻撃の的を絞ったのが勝因。直接的には坂口のアトミックドロップでしょう。名前は北米タッグだが、私たちはこれが“世界一のタッグタイトル”だと思っています。その自覚を持って坂口と頑張ります』」 (抜粋)

 旗揚げからまだ2年で、希望に満ちた猪木の言葉が何ともすがすがしい。同年にはストロング小林、大木金太郎を撃破し、日本人対決という画期的な路線を打ち出している最中だった。一方のジャイアント馬場は同年12月2日、日本人として初めてNWA世界ヘビー級王座を奪取。無人の荒野を突き進む感が強かった猪木も、団体を運営する上でベルトの必要性を痛感していたに違いない。

 同王座はNWFヘビー、北米ヘビーと並んで新日本の看板王座となり、日本陣営は坂口、小林組、坂口、長州力組と変遷を続けた後の81年4月、IWGP構想推進に伴い王座返上、封印された。 (敬称略)