【プロレス蔵出し写真館】36年前の今日はプロレスの聖地・蔵前国技館最後の日 猪木も2階席で〝黄昏モード〟

2020年08月02日 11時00分

猪木の頭に去来するものは…

 今から36年前の今日、1984年8月2日は東京・蔵前国技館で最後のプロレス興行が行われた日だ。建物の老朽化もあり、この年の大相撲9月場所千秋楽を最後に閉館されることが決まっていた。 

 蔵前国技館でのプロレス初興行は力道山がブームを巻き起こした昭和29(1954)年2月19日、力道山と木村政彦が組みシャープ兄弟と行ったタッグマッチ。それから故ジャイアント馬場さん、アントニオ猪木等々、数々の名勝負、名場面が生まれた。プロレスの聖地は30年で幕を閉じた。

 プロレス興行の最後を飾ったのは新日本プロレスで、メインイベントは猪木VS長州力のシングルマッチ。超満員12000人の大観衆が見守る中、猪木がグラウンドコブラツイストでピンフォール勝ち。まさに最後を飾るにふさわしい試合だった。 

 猪木が蔵前で初のメインを務めたのは1966年10月12日、東京プロレス旗揚げでの〝妖鬼〟ジョニー・バレンタイン戦。取材した記者、カメラマンが「すごい試合だった」とうなった伝説の名勝負だ。

 現在、ユーチューブでいくつも猪木の名勝負はアップされているが、この試合はテレビ中継もなく、ビデオも普及前で残念ながら映像は残されていないようだ。

 さて、蔵前で幾多の名勝負・好勝負を残している猪木でも、聖地のリングが飲み物や座布団、挙句の果てゴミまで投げ込まれ、ファンの暴動が起きるという汚点も残している。

 84年6月14日、ハルク・ホーガンとの第2回IWGP決勝戦で、前年の〝猪木舌出し失神事件〟の雪辱を期待するファンの期待を見事?に裏切り、長州が乱入して試合を壊し、結果は猪木のリングアウト勝ち。この一連の流れに怒ったファンが投げ入れたものだった。

 試合後1時間以上たっても200人(本紙報道より)のファンが居残り関係者をつるし上げ、釈明を要求する嘆願書を提出した。

 新日本プロレスは後日、署名した167人のファンの代表者2名を事務所に呼び見解を述べ反省した。

 蔵前最後の興行では、警備員のガードマンが増員されるなど対策が取られた。試合前に猪木はカメラマンの要請で2階席まで上がり、写真撮影に応じた(写真)。感慨深そうな表情が印象的だったのは様ざまな思いが去来したからだろうか…。