ジャイアント馬場と靴

2012年02月04日 14時48分

 靴をピカピカに磨いて去る1月31日、馬場さんゆかりのキャピトル東急ホテルで行われた「ジャイアント馬場を偲ぶ会」に足を運んだ。懐かしい顔がズラリと揃った。皆で在りし日の馬場さんの思い出話を語り合った。そんななごやかなムードを一層盛り上げたのは正面に置かれたジャイアント馬場の等身大フィギュアだった。お気に入りの赤のガウンを着込み、リングシューズを履いている。「300パウンド、ジャイアント・ババー」とコールされたら今にでも戦いのリング中央に出て行きそうな雰囲気でもあった。


「オシャレは足元から」がジャイアント馬場のポリシーであった。三条実業高に入学した時に大好きな野球部に入部したかった馬場さんは断念せざるをえなかった。巨大な足に合うサイズのスパイク・運動靴がなかったからだ。泣く泣く美術部に入部して絵筆を執った。そんな時、布教のために新潟に来ていた米国人の牧師さんが馬場にスパイクをプレゼント。晴れて野球部に入り読売巨人軍にスカウトされてプロ野球選手となり、プロレスラーの道を歩み始める。三条実業高時代、野球部の集合写真で馬場一人だけ下駄履きという笑うに笑えぬものが残されている。


 以後、巨大な足に合う靴は市販されておらず苦労に苦労を重ねた。若手の米国武者修行時代は当然、裸足でリングに上がり、ニューヨークのマンハッタン5番街を散策した時も下駄履きスタイルだった。


 日本マットに帰る決意を固めた馬場は初めてリングシューズを誂えた。米国サイズ16だった。その16を見たプロレス記者が「馬場の足は16文」と言い出し、いつの間にか馬場16文が固定してしまったという。


 では馬場の足の大きさは? ずばり34〜35センチ。フィギュア人形の足のサイズを計測してみたら35センチ強であった。靴で苦労した馬場さんは履いている靴で人間を判断するきらいがあった。だから記者は馬場さんに会うときはいつも靴を綺麗に磨きあげたものである。

 「俺の足はそんなに大きくない」が口癖だった馬場。米国のビッグマン・トールショップで自分の足のサイズに合うシューズや靴下を見つけると迷うことなく「全部」とお買い上げ。また米国ロサンゼルスの高級革店Gに自分の足を木型で取っておき色・形・デザインを電話注文できるようにしてもあった。


 いつだったか、馬場さんが新しいリングシューズを誂えた時に古いシューズを「持っていくか」と問われたが「いりません」と即座に断ってしまったことがある。今、考えれば惜しいことをしたものだ。


(プロレス記者の独り言:川野辺)

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