ジャイアント馬場の付き人物語②

2012年03月17日 14時45分

 前回の「馬場の付き人物語」で東洋の巨人・ジャイアント馬場の16文リングシューズを忘れた付き人の大熊元司の話をしたが、その上を行ったのが邪道・大仁田厚だ。性格が破茶目茶なのか、馬場に言わせると「最低の付き人」となる。


 大仁田が馬場に付いたのは全日プロ創設当初。巡業の移動は特製バスが利用され始めたころだ。レスラーにとって移動バスはとても有り難い存在だった。どんなに寝坊しようが宿から宿へと運んでくれるのだからこれ以上のものは無い。早起きの苦手だった馬場は飛び起きてジャージー姿のまま移動バスに飛び乗ることがよくあった。そんな時に限って大仁田は大チョンボをやらかす。なんと馬場の着替え一式と靴をそっくり宿舎に置き忘れきてしまうのだ。


 試合後、食事にも出れない馬場が寂しそうにジャージー姿でホテルのロビーで葉巻をくゆらせている姿を何度も目撃したことがある。大仁田の性格と言ってしまえばそれまでだが、馬場が夜中に「あれが食べたい」と大仁田に頼むと、大仁田は勢いよくホテルを飛び出す。そしてクルリと目を回して依頼されたものがないと、そのまま踵を返して「見当たりませんでした」と報告する。


 それに比べて滅私奉公的に馬場に仕えたのが薗田一治だ。先輩付き人の大熊元司、サムソン・クツワダ、佐藤昭雄、大仁田厚らに付き人のノウハウを聞き出して仕えたのだ。たとえ夜中といえども馬場にリクエストされたものは街中を走り回って手に入れてくるし、もしなければ隣街にまで出かけていく。まさに痒いところまで手を届かせた薗田。


 普通、海外武者修行を終えると付き人生活は卒業となるのだが、薗田の場合、米国修行を終えてマジック・ドラゴンという覆面レスラーとなって凱旋したが、馬場はよっぽど居心地がよかったのかマジック・ドラゴンを付き人に指名。最初で最後のマスクマン・レスラーの付き人が誕生したことになる。


 馬場のユニークな付き人と言えば越中詩郎だ。馬場はご存知のようにプロ野球巨人軍の投手。越中は高校球児で大の阪神ファン。オフともなれば神宮球場でヤクルトvs阪神を観戦。最前列に陣取り金網を揺らすほどの虎党。御大・馬場といえど野球の話となれば一切の妥協はしない。当然、勝ち負けにもこだわりを見せる。いつも馬場と「巨人だ」「阪神だ」と言い合いになり「それなら勝ち負けを賭けよう」となり年間を通して戦ったのだ。当時の阪神は弱体チームだっただけに当然、越中の支払いが多かったのはいうまでない。


 正式に馬場の付き人に付いたわけではないが、あの輪島が米国修行中に馬場の付き人を務め涙を流したことがる。次回に続く。

(プロレス記者の独り言:川野辺)

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