プロレス界の常識を変えた狂虎シン

2009年12月09日 14時29分

昔、昔、その昔、プロレス担当記者はプロレスラーに三度殴られると一人前と言われたものだ。プロレスラーが記者を殴るときには阿吽(あうん)の呼吸が必要で殴るほうも殴られるほうも、たとえの言葉は悪いが、暗黙の了解事項であったという。その阿吽の呼吸を掴み取るとプロレス記者として一人前ということになる。10年担当して分からない奴もいれば、すぐに理解してしまう者もいる。簡単に言ってしまえば個人の資質とでも言うのだろう。

 そんな言葉を吹き飛ばし消し去った男が”インドの狂虎”タイガー・ジェット・シンだ。

 1973年(昭和48年)5月4日、何の前触れもなしに神奈川県川崎市立体育館に突如として姿を現したのがタイガー・ジェット・シンだった。

 それからプロレス担当記者、カメラマンを相手にシンの狂走劇が始まることになる。「グッド・モーニング」と朝、シンに声を掛ければ返ってくるのは鋭い蹴り、会場に入ってくる時は”守護神”サーベルでしばかれ背中はミミズ腫れ、そして試合中は前面の敵にパンチを打つふりをして後方にいる記者を肘うちにしてしまうのだ。見事というほかはない。まさにプロだ。

 あるカメラマンはシンに個人的に写真を依頼され、できあがったネガとプリントされた写真をシンに届けた。帰り「サンキュー」と、ニッコリ微笑んだシンは黙ってそのカメラマンを”守護神”サーベルの餌食にしてしまった。10年掛けて一人前の記者が当たり前だったころ、シンを一日取材すれば3回以上叩かれ、殴られてしまう。

 シンの出現でプロレスラーに三度殴られて一人前の記者という言葉は死語になってしまったのである。

 まだまだあるぞシンの狂走劇。次回は時効となった話を届けよう。
(プロレス記者の独り言:川野辺)