ハンセン&ハンソン貴重な遭遇

2013年11月04日 16時00分

ハンセン(左)の突進で鉄柵もグニャリ。余裕で受け流すハンソンさん(右)

【東スポお宝写真館】写真は1986(昭和61)年7月31日、全日本プロレスの東京・両国国技館大会からの一枚。

 

 AWA世界王者のスタン・ハンセンとインターナショナル王者のジャンボ鶴田によるWタイトル戦における場外乱闘中、鉄柵に突進してくるハンセンに、あわや押し潰されそうになるちびっ子ファンの右側で、余裕の笑顔で鉄柵をつかんでいるのがタレントのイーデス・ハンソンだ。

 

 平成に入ってからは、あまり見られなくなったが、昭和期の全日本プロレスのビッグマッチにおける“リングサイドの華”と言えば、このハンソンさんの存在に尽きた。

 

 新日本プロレスのテレビ中継には参議院議員の野末陳平氏や、「世界一強いアントニオ猪木 頑張れ」のノボリを手にしたオジサンがほぼ常時、テレビ画面に映り込み、大相撲大阪場所と言えばタレントの大村崑、そして全日マットの名物がハンソンさんだった。

 

 テレビや映画における外国人タレント、しかも若く青い目の金髪美女で日本語がペラペラという存在は、昭和40年代ではまだ珍しく、一時はテレビや映画で「日本語を話す青い目の金髪美女」という記号的な役割を、ほぼハンソンさんが担っていた。

 

「マグマ大使」(66年)における村上マモル少年(江木俊夫)の父親(岡田真澄)が勤めるNPI通信社の同僚役。加山雄三主演の「アルプスの若大将」(66年・東宝)ではローマにて青大将(田中邦衛)にナンパされたことをきっかけに来日し、若大将の実家である老舗すき焼き店「田能久」で住み込みで働き始めてしまうフランス美女役なども有名だ。

 

 大男同士の乱闘にもビビってたじろがず。笑顔で身を避けているあたりの慣れた所作に、ハンソンさんの“プロレス通”ぶりが表れている。