『田酒』のおかげでラッシャー木村と話ができるようになった

2010年04月14日 14時11分

 日本列島は縦に長い。時差こそないが、北海道と沖縄では夜が明ける時間にかなりのズレを感じる。しかし、季節のうつろいは目で肌でしっかりと分かるものだ。



 プロレスの巡業に付いていて1月の半ばに沖縄で桜の開花に出合い、桜前線とともに北上することもしばしばだ。そして6月の末に北海道は根室地区で花見をしたこともある。



 今から三十数年前、記者がプロレス担当駆け出しのころの話だ。若い記者は東北・北海道担当。要は移動の大変な所ばかり行かされる。東北地方に居座って今日は新日プロ、明日は全日プロ、明後日は国際プロといったスケジュールを組まされる。

 前日にデスクと原稿の打ち合わせ。明日は国際プロの弘前大会。Mデスクが「明日は原稿なし。顔つなぎにいって来い」と嬉しいお達し。あのころの口癖は「原稿よりも観光」で、ゴールデンウィークの真っ只中、弘前は桜の季節。弘前城公園に花見としゃれ込んだ。公園内に「蛇女」「狼女」といった見世物小屋が立ち、怪しげなメロディーに併せて「親の因果が子に報い」と枝垂桜の花びらをそよかせていた。



 それだけでなぜか心が浮き足立ち、缶ビールとつまみに焼き鳥を買い求めて一人で花見酒。とすると妙齢なご婦人といおうか、オバちゃんの集団に「あんちゃん、どっかから来たの。こっちゃ来て一緒に飲もう」と声を掛けられた。何重ものお重の中には酒のつまみがぎっしりと詰まっていた。



 酒飲みの言い訳だが、つい一杯が、二杯となり、三杯。酒は日本酒で青森の地酒の『田酒』だった。咽喉越し抜群で何の抵抗もなく胃袋に入っていく。

「この酒は冷やしても温めてもダメ。常温に限る」とオバちゃんの講釈を聞きながら勧められるままに飲み干した。



 気がつくと薄暗い。「あっ、仕事。国際プロ」走り出した記者。もう第一試合のゴングは鳴っていた。控え室に飛び込むと〝金網の鬼〟ラッシャー木村がにっこり。「酒くさいよ」と一言。Mデスクには「ラッシャーと話し込んでいて連絡が遅くなりました」と一報をいれ事なきをえた。「あの無口なラッシャーがよく話したな」とMデスク。そうです、これがきっかけでラッシャー木村とまともに話ができるようになったのだから、お酒様様です。

 今でも酒は田酒に限るとMデパートで月に一回数本入る田酒を求めて開店と同時に飛び込んでいます。

(プロレス記者の独り言:川野辺)

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