神様に認められたミスター・ヒト

2010年04月28日 14時07分

 過日4月21日、往年の名レスラーのミスター・ヒト(本名=安達勝治)が67歳で逝った。

 大相撲(出羽海部屋)出身のヒト。幕下12枚目まで昇進、関取目前にしながら勝ち越しを決めてプロレス転向した。余談ながら大相撲からの転向組で最後の場所に勝ち越したのは、ヒトと天龍源一郎だけである。この二人は「オレは相撲崩れではない。相撲出身者だ」と胸を張っていた。

 大相撲での四股名は浪速海。まわしを取れば無類の強さを発揮、幕内力士の地力があったという。

「なにはなくても浪速海」が口癖でそれをそのままプロレスの世界に持ち込んできた。その無類な強さは、あの〝プロレスの神様〟カール・ゴッチが認めたほど。

 日本プロレス時代、ゴッチは故力道山にその強さを認められて若手の教育係・コーチとなった。トレーニングの仕方からレスリングの基本的なスタイルまでを手取り足取り伝授した。そんな中でヒトはゴッチにバックをとらせることなく強さを発揮。がっぷり四つに組み合って一歩もひかなっかったという。さすがの神様・ゴッチが「お前はもういい」とヒトの強さを認めコーチしなかった。ある時などゴッチはコーチとしての威厳を保つためにヒトが遅れてきたことを幸いに練習場の鍵を中から掛け、ヒトをシャットアウトしたほどだ。



 ヒトは「ゴッチの強さは認めるよ。でもどんな手段を取ってもいい、というのはないよ。バックを取るために目ん玉、ケツめど(肛門)に指を突っ込むのはレスリングじゃないよ」と語っていたのをつい昨日のように思い出す。

  後年、ヒトはカナダ・カルガリーで当地のプロモーターのスチュ・ハートの片腕となり、ハート兄弟、ダイナマイト・キッド、ディービー・ボーイ・スミスら多くのストロングスタイルの選手を育て上げるが、その基盤となっていたのは〝神様〟ゴッチの教えであることは言うまでもない。

 馳浩、橋本真也、スーパー・ストロング・マシンらはカルガリーで武者修行。ヒトの自宅に居候し地下室で今日を憂い、明日の糧を考え、将来を夢見て過ごした。そのヒントをヒトが与え、みんな大きく羽ばたいた。

 日米を股にかけてプロレス界の裏の裏を知り尽した男・ヒトが逝った。墓場にいろんなことを持ち込んだろう。記者が一番印象に残っているヒトの言葉を紹介しよう。

「猪木は金の使い方を知らない人。馬場は金の使い方を忘れた人」。

 あの世とやらでも豪放磊落にすごしていることだろう。

合掌

(プロレス記者の独り言:川野辺)

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