1970年7月8日 “マットの魔術師”エドワード・カーペンティアが日本デビュー戦で華麗な技を見せたが…

2020年07月08日 11時00分

華麗な動きで観衆を魅了したカーペンティア(左)

【プロレスPLAY BACK(92)】プロレス界で死語となった言葉の最たるものが「未知の強豪」だろう。日本はもちろん世界中の団体がネットワーク配信を確立させ、選手もSNSや動画サービスを利用して情報を細かく提供するのが当然の時代となった。昭和のファンは写真1枚と少ない情報、さらにフィクション性が強い劇画を読んでは想像力を膨らませたものだ。

 昭和40年代の「未知の強豪」といえば“マットの魔術師”と呼ばれたエドワード・カーペンティアだ。AWAを中心に北米で活躍。当時の本紙でも来日前から何度も取り上げ、1970年7月8日に国際プロレスに初来日した際は1面で大々的に報じている。

「国際プロレスのビッグサマーシリーズは8日、横浜市スカイホールで決戦の火ぶたを切って落とした。注目のカーペンティアはフランスの鉄人ジャック・デ・ラサルテスと一騎打ち。サマーソルトキック(空中回転蹴り)、フレンチマンアトミックホールド(フランス式原爆固め)、フライングショルダードロップ(回転肩落とし)などの秘技を公開。神秘的なマットマジシャンぶりを十二分に見せた。元フランスの体操オリンピック選手で世界タイトルに何度も挑戦、希代の名ボクサー、ジョルジュ・カルパンチェ(元世界ライトヘビー級王者)の甥、幻のNWA世界チャンピオンなど…。カーペンティアにまつわる伝説はファンの興味のマトだった。

 さてその正体は? 小柄(178センチ、105キロ)ながら鍛え抜いた肉体はカッコよく見事な芸術品。しかし前評判のワザ師というイメージと違う意外なラフファイターだ。第1戦で見た限りではレスリングテクニックは見られない。相手が巨漢(197センチ)ということもあったが、マットさばきにスピードと変化に富んだテクニックはなかった。注目のサマーソルトキックは完全な見せワザ。空中で回転してポンと立ち、相手がド肝を抜かれたところへ一瞬のタイミングで体をひねってソバット(裏蹴り)にいくのだが、フィニッシュにはなるまい。殺人コースはパンチで倒した相手の上でジャンプして、1回転して肩から落ちるフライングショルダードロップから相手の両足を取ってヒザの上で1回転、ブリッジしてフォールにいくフレンチマンアトミックホールドだが、これが決まると恐ろしい」(抜粋)

 結果は15分時間切れ引き分け。加えて当時ではアクロバティックな印象が強すぎたのか、見出しの「華麗な空中曲芸」も含め、創始者とされるサマーソルトキックについても「見せワザ」と全体的な論調は厳しい。しかし、その動きは「四次元殺法」と称され日本中に衝撃を与えた初代タイガーマスクの初登場(81年4月)と酷似している。現在のスピーディーなジュニアの原型もここにある。来日は早過ぎたということなのか。カーペンティアは結局、わずか2度の来日で終わった。(敬称略)