【東スポ創刊60周年】猪木東スポを祝う 俺もデビュー60周年だ!!バカヤロー!!

2020年04月05日 11時00分

猪木氏は自身のパネルに「立ち上がれ元気があればコロナもノックアウト」と本紙読者へのメッセージを記した。パネル写真は74年11月、NWF世界ヘビー級ベルトを巻いたもの

 4月1日に創刊60周年を迎えた東京スポーツの歴史で欠かせない人物といえば、“燃える闘魂”アントニオ猪木氏(77)だろう。デビューは東スポの創刊と同じ1960年の9月30日で、伝説の猪木―モハメド・アリ戦(76年6月26日)は新日本プロレスとともに東京スポーツ新聞社が主催した。そんな猪木氏が東スポと歩んだ60年を振り返るとともに、本紙のさらなる飛躍へ闘魂のこもった提言を送った。

 東スポも創刊60周年ですか。おめでとうございます。

 実は俺も東スポと同じ年のデビューでしてね。60年間…振り返ればいろいろありましたよ。一番の出来事はやはり師匠(力道山)の死です。それから政治に出たり、イラクで人質解放に動いたり、あとはいろんなイベントでパフォーマンスをさせてもらったこともよく覚えています。特に2002年8月28日の格闘技イベント「Dynamite!」(旧国立競技場)の時、パラシュートで降りてきたのは自分なりにカッコよかったなあって思いますよ(笑い)。

 デビュー当初、実は東スポとは敵対してたんですよ。1966年に米国修行から帰ってきた時、東スポが「山田派」と「桜井派」の2つの派閥に分かれていて、それになぜか巻き込まれてね、ムッフッフ…。

 まあ、どこの世界にも派閥っていうのはあるもんですよ。その後は結構、桜井(康雄)氏(元東京スポーツ新聞社取締役編集局長=故人)を筆頭に東スポのみんながブレーンとしてアイデアを出してくれたんです。確か「燃える闘魂」っていうキャッチフレーズをつくってくれたのも桜井氏だったかな。あとは昔の社長の本山(良太郎)さんが76年6月26日のモハメド・アリ戦を応援してくれて実現につながったんですよね。

 プロレスに限らずだけど、東スポといえば“飛ばし記事”も面白かった。UFOとか、ツチノコとかね。まあ、特に昔の東スポには個性がありましたよ。夢を提供してくれたというかね。UFOの記事なんか当時はバカみたいにいわれてたけど、今はUFOの存在を否定する人もいなくなりましたもんね。私も昔、そんな名前の団体(UFO=世界格闘技連盟)を旗揚げしたことがありましたっけ、フッフッフ…。

 今の情報化の時代、個性を出すのは大変だと思いますよ。それでも頑張って個性を出してほしい。特に今は、政治に対して強烈なパンチを利かせてほしいね。政治の横暴に対する批判をね。朝日や読売には書けないけど「東スポには書けるんだ!」という魂を見せてほしい。

 あとは東スポのプロレスや格闘技の記事なんかは、インターネットを使って世界に発信してほしいんですよ。英訳して発信したら絶対面白いし、世界中で話題になると思いますよ。世界から見た時に日本の格闘技っていうのは地位が高いんですから。海外から来た選手なんかも、帰国する時は自分が載っている東スポを大事に抱えて帰りますからね。それはぜひやってみるべきだと思う。

 とにかく東スポは日本を元気にする記事を書いてください。もう、最近はどこを向いても「コロナ、コロナ」でみんな元気なくなってきちゃっていて。そういえば俺にもいろんな知り合いがいて、その人たちからは「新型コロナウイルスの新薬ができつつあって、近く発表される」って聞きましたよ。それがどこまであれするか、分からないけど。そもそも途上国は検査ができないっていう問題もあってね。まあ、検査したからって治せるわけじゃないけど。それをいえば、俺の性格だっていまさら直せないけどな、ダーッハッハ!

 コロナといえば少し話はそれるけど、東京五輪の延期も早く決めれば良かったんですよ。ズルズルしたって仕方ない。決断っていうのも大事なんで。どう見たって無理なんだから。いくら日本がよくたって、外国から選手が来れないんだもの。本当はそのあたりは馳(浩衆議院議員)あたりが一番怒るべきなんだよ。

 最後に、東スポへのメッセージを。東スポらしく、日本を面白くしていってください! そのために俺が「東スポを面白くする会」っていうのをつくろうか(笑い)。