今だから言える「輪島〝女連れハワイ〟真相」

2012年06月17日 12時00分

【プロレス記者の独り言】26年目の言い訳

 プロレス記者を長いことやっていると、いろんなことがありました。恥ずかしい話、人に言えない失敗談、また胸を張って声を大にしたい自慢話など、今回は今から26年前の言い訳をさせてください。

 記者は二度ほど写真週刊誌に「登場」したことがある。当時は写真週刊誌の出初めで4〜5社が競っていた時代でもあった。記者が写真誌にスクープされたのは元横綱・輪島大士と一緒で場所はハワイだった。

 その時の状況を説明しよう。1986(昭和61)年の秋、記者は輪島の米国でのプロレス修行を同行取材。最後の修行地ノースカロライナ州シャーロッテでの調整を終え、いよいよ日本デビューに向けて帰国の段取りとなった。

 帰国前に記者は当時、米国で最も視聴率と金を稼ぎ、史上最強のボクサーと言われたマイク・タイソンと輪島の「スクープ対談」を企画、ラスベガスのヒルトンホテルで二人を会わせた。終了後、深夜便でハワイに向かった。輪島とタイソンの対談は各方面に大きな話題を呼んだ。タイソンは11月22日にトレーバー・バービックのWBC世界ヘビー級王座への挑戦が決まっており、非常に神経質で全米35社、欧州15社、日本10社からの取材を拒否していたにもかかわらず輪島と会い対談したのだからだ。

 御大のジャイアント馬場からは「最後はハワイで日光浴でもして時差を解消して日本に帰って来い」と言われていただけに輪島と記者はハワイ入り。輪島の知人のマンションに旅装を解いた。そこでトラブルが発生したのだ。輪島と記者の間に取り決めがあり、洗濯は交代ですることにしていた。ハワイ初日のローテションは輪島の担当。ま、天下の横綱に汚れ物を洗濯させたのは記者だけであろうと自慢の一つでもあるが……。なんと洗濯機が故障していてビクとも動かない。

 翌朝、管理人に連絡。奥様がやってきたが、どうすることも出来ず修理に来てもらうことになり、とりあえず3人はマンションを出て食事に出ることにした。そのマンションの出口のところで写真誌のカメラマンにパチリと撮られてしまった。全く気づかずに帰国。

 

「元横綱・輪島、妙齢な婦人と弟子を連れて米国プロレス修行」とハデな見出しを付けられて掲載されてしまったのだ。妙齢な婦人は管理人の奥様で、弟子は記者という設定なのだ。あまりにも馬鹿馬鹿しくて文句を言う気にもなれなかったのが、その時の状況だった。

 26年たっての言い訳でした。もう一回の写真誌登場は機会をみて紹介しよう。


(川野辺)