ライガー 引退試合目前で天龍に明かす「トンパチ伝説」

2020年01月02日 11時30分

天龍はライガーの升に酒を注いだ

【天龍源一郎VSレジェンド対談 龍魂激論:特別編】ミスタープロレスこと天龍源一郎(69)がマット界のレジェンドと語り合う特別連載「龍魂激論」に、新日本プロレス1月4、5日の東京ドーム大会で引退する獣神サンダー・ライガーが登場だ。初対決時の思い出話からスタートした両雄の対談は次第にヒートアップ。プロレス界の歴史と常識を変えたジュニアの開拓者は、ラストマッチ目前で数々の未公開秘話を明かした。

 天龍:お久しぶり。肩の荷が下りたようないい表情してるねえ。

 ライガー:ご無沙汰してます。 

 天龍:引退すると聞いて、あのころの「俺たちの時代」も年齢が上がったなと実感した。2世代下のはずなんだが、同じ時代の戦友という思いがありますよ。

 ライガー:光栄です。

 ――初対決は1993年8月3日の両国国技館大会(天龍、北原光騎組VSライガー、藤波辰爾組)だ

 天龍:俺のヒザに低空ドロップキックかましてきたんだよ。「このヤロー」って思ったね。全日本プロレス出身者に負けてたまるかという意地、アントニオ猪木が創設した新日本プロレスの弟子だという気骨を感じた。なめられちゃいけないというムードを全身から醸し出していた。

 ライガー:とんがってましたね(苦笑)。コーナーで掌打の連打を決めたら、試合中なのに天龍さんから「テメー、このヤロー。やるなあ」と言われて。「えっ」と思ったらその直後にバコーンと、ものすごい逆水平チョップですよ。そこだけ切り取られて僕の記憶に強烈に残ってます。

 天龍:お互いに看板背負ってたよね。昔はファン同士がケンカしてたし。(東京スポーツ新聞社制定)プロレス大賞授賞式だって壇上は右に全日本、左に新日本と分かれて口もきかない時代が長く続いたからな。

 ――ライガー選手の血の気の多さは当時から定評があった。登場直後の89年9月21日横浜大会の星野勘太郎さん(故人)との番外マッチは伝説だ

 ライガー:(6人)タッグ戦で勝ってレフェリーから勝ち名乗りを受けてたら、背後から星野さんが蹴りを入れてきたんです。僕も若かったから「ハア?」って感じになって。通路から控室まで掌打でボコボコにしたら星野さんの歯は飛ぶわ、目元は大きく腫れ上がるわで大騒ぎになりました。怒った長州(力)さんに胸ぐらつかまれて「やめろ!」と怒鳴られたんですけど、僕も興奮してたから「何だと、このヤロー!」って怒鳴り返して。全員敵に回しちゃった。

 天龍:星野さんは日本プロレスから猪木さんについていた大ベテランで20歳も年上じゃない。やるねえ。

 ライガー:これは初めて話すんですけど、その時に長州さんから言われた「なあお前、会長(猪木)の寂しそうな姿見てみろ。リングでやれよ」という言葉が胸に突き刺さって。あと坂口(征二)さんは「星野さんは昔から誰とでもケンカする人だったから気にするな」って逆になぐさめてくれた。確かに星野さん、その後はケロリとして。あれからキレることはなくなりましたね。

 天龍:長州力もいいこと言うねえ。俺の見方も変わったよ(笑い)。

 ――ライガー選手は素顔の時期も常に、懐にナイフを忍ばせているような雰囲気があった

 ライガー:入門2年目くらいだったかな。藤原(喜明)さんと道場でスパーリングやって、お互いに正座して礼をした後、殴りかかったんです。何だか悔しくて。ボコボコに殴ったら逆に殴り返されて、気づけば病院のベッドの上でした。そしたら翌日に藤原さんが「アンちゃん、大丈夫かい?」って電話くれて。若かったなあ(苦笑)。

 天龍:怖いもの知らずだね。でもライガーは若い時から「ナメられてたまるか」という殺気を漂わせていた。その後に平成のジュニアという新ジャンルを創造した開拓者だよ。実は俺もマスクマンだった時代があって…。

 ライガー:えっ。

 天龍:70年代前半のフロリダだった。枕カバーに穴をあけただけのでたらめな覆面でね。昨日は素顔、今日は覆面という感じで試合に出てた。だけど耳というか三半規管が乱れちゃってね。俺にはマスクマンはできないなと思った。それを考えると、頭から角を生やして全身をコスチュームで包んで、30年以上も疾走し続けたライガーはやっぱりすごいよ。 

 ライガー:三半規管の例えはとてもよく分かります。視界はパドックに入った状態の馬と同じですから。僕は前に天龍さんと対談させていただいた時(2012年)にもらった「もう俺はいいよって思えるくらい、腹一杯になるまで戦ったほうがいい」という言葉を胸にここまでやってきました。

 ――天龍さんは引退試合(15年11月15日両国)で同じ言葉を使った

 ライガー:いやあ、感動ですね。やはり間違ってなかったのかなと。

 天龍:人望もあるし引退後は後進の育成に励んでほしい。まだまだマット界はライガーを必要としてるから。引退したらゆっくり酒でも酌み交わすか。

 ライガー:ぜひ! 今日はありがとうございました。

☆てんりゅう・げんいちろう=本名・嶋田源一郎。1950年2月2日生まれ。福井・勝山市出身。63年に大相撲の二所ノ関部屋に入門。76年に廃業し、全日本プロレス入団。86年から3年連続プロレス大賞MVPを受賞した。90年4月に全日本を退団し、同年5月にSWSに参加。92年にはWARを旗揚げした。98年からフリーとなり、99年に最年長IWGP王者。2010年に天龍プロジェクトを設立し、15年11月15日に引退。現役時は189センチ、120キロ。

☆じゅうしんさんだー・らいがー=1989年4月24日、漫画家の永井豪宅で誕生。同日の東京ドーム大会(対小林邦昭)で獣神ライガーとしてデビュー。同年5月25日にIWGPジュニア王座を戴冠し、90年1月に獣神サンダー・ライガーに改名した。「トップ・オブ・ザ・スーパー・ジュニア」や「スーパーJカップ」などで優勝を飾った他、ヘビー級戦線でも活躍。平成のマット界にジュニアの一時代を築いた。170センチ、95キロ。