バイク事故死の青木篤志さん いずれはプロレス大賞技能賞を…果たせなかった約束

2019年06月05日 16時30分

亡くなった青木篤志さん

【悼む】会場に着くと、真っ先に「お疲れさまです」と頭を下げてくれた。昨年7月、約12年間のデスク生活を経て現場に戻った時も同じだった。そのおかげで「誰だっけ、このおっさん」という表情で記者を眺めていた若手も取材に応じてくれるようになった。苦労人ならではの気遣いだった。

 顔を合わせれば「何か面白い話は?」「何がいいですかね」と言葉を交わした。同時に「このシリーズは誰々が主役なので、僕は地道に自分の仕事を貫きます」という謙虚さも併せ持っていた。

 道場では若手を教えつつ、諏訪魔主宰のちびっ子レスリングクラブではヘッドコーチ役を務め、熱心に指導に取り組んでいた。昨年末に諏訪魔、石川修司組が東京スポーツ新聞社制定「プロレス大賞」最優秀タッグ賞に輝いた時は道場で練習中の生徒たちが記念写真に納まったが、青木は「僕はいいです」と固辞した。いずれは技能賞をと言う記者に「いやいや顔じゃないです。でも可能性、ありますかね?」と目を輝かせた。その約束も果たせなかった。

 秋山準社長の信頼も厚かった。自分と同じ頑固さと職人気質を感じたのかケンドー・カシンが大好きで、子供のように笑いながら悪魔仮面の話に付き合ってくれた。それすら二度とできない。

 仕事を忘れて自由になれるのがバイクに乗る瞬間だと話していたことを思い出す。だけど青木よ、そのまま天まで突っ走る必要なんてなかったのに。ひたすら無念でならない。合掌。(運動部専門委員・平塚雅人)