風間ルミが“アイドルレスラー”だった頃

2013年05月05日 16時00分

【お宝写真館】白いスポーツウエア姿でポーズを取っているのはジャパン女子プロレスの旗揚げ戦(1986年8月17日、東京・後楽園ホール)を6日後に控えたジャッキー佐藤(右上)、ナンシー久美(左上)、風間ルミ(左下)、神取忍(右下=当時は神取しのぶ)の4選手だ。

 

 時代はまさにバブル黎明期。同団体は企画段階で当時の人気アイドル、少女隊や本田美奈子らを輩出したボンド企画(92年に倒産)が参画し、おニャン子クラブ人気で時代の寵児となっていた秋元康氏が総合プロデューサーに就任。8月11日には六本木のディスコ「AREA」にて「8/11・女神伝説パート1」と銘打った記念パーティーを開催した。

 

 パーティーはレーザー光線やミラーボールを使ったきらびやかな演出で出席者の目を引き、さらに18人の新人選手が全員浴衣姿で登場。当時の本紙記事でも「スポーツおニャン子」として紹介されている。出てくるキーワードを見ているだけでも、当時のバブリーな空気が伝わってくる。

 

 また亀田兄弟をさらにガラ悪く、そしてケンカっ早くしたような風貌の神取(しかもサンダル履きだ…)は例外として、後のガングロ系メークを施した風間の表情にも時代の空気が読み取れる。

 

 忘れている人も多いだろうが、当時の風間は同団体のアイドル選手。LLPW旗揚げ後の肥えた体形の時代に、このようなガングロ系に変身していたとしたら「劣化したダッコちゃん」「タドン女」「和製ブッチャー」などと非難ごうごうだったに違いない。

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