厚かった馬場一家「鉄のカーテン」

2011年02月06日 15時30分

【東スポ創刊50周年企画「時空自在」:ジャイアント馬場(4)】

<鉄のカーテン>ジャイアント馬場さん(本名・馬場正平=享年61)一家の「鉄のカーテン」は厚かった。

 前兆はあった。前年の11月30日仙台大会終了後、馬場さんは風邪の症状を訴え、12月2日の松本大会、3日の静岡大会を欠場。5日の日本武道館大会には出場し、これが結果的に最後の雄姿となった。

 年が明けて1999年の新春シリーズは開幕戦から欠場。何度か取材を和田レフェリーに依頼したが、かなうことはなかった。1月に腸閉塞の手術を行った後も入院は続き、上行結腸がん(最後はがんの肝転移による肝不全)は進行していた。

 体調の変化に気づいていたのか、98年11月末、馬場さんは珍しく「頼みがある」と記者に切り出した。

「米国での修行時代の写真が欲しいんだ。探してくれないか?」と言う。当時の写真部デスクに頼むと、豪華なアルバムを作ってくれた。ホノルルやニューヨークでの当時23歳の馬場さんはまぶしいばかりの輝きを放っていた。これを和田レフェリーに渡したのが1月15日。わずかでも闘病中の支えになってくれたと信じたい。