デストロイヤーさん現役引退後も通信員として活躍 本紙との切っても切れない関係

2019年03月09日 16時30分

死去したザ・デストロイヤーさん

 ザ・デストロイヤー(本名ディック・ベイヤー、享年88)さんを失い、日本マット界は悲しみに包まれている。

 馬場さんの付け人だった邪道・大仁田厚(61)は「デストロイヤーさんと馬場さんがゴルフをすると、2人分のゴルフバッグを担ぐのが大変だった。地方会場でも練習をつけてくれ、どうやって自分を大きく見せるかを学んだ。昭和の時代が終わってしまったな」と哀悼の意を表した。

 1993年に引退試合の相手を務めた渕正信(65)も「7月11日の誕生日は若手たちでケーキを持って部屋に行き、歌を歌った。何年たっても覚えていてくれてね。いろいろな選手がいなくなって寂しさがあるよ」と故人をしのんだ。

 一方で、デストロイヤーさんは生前「東京スポーツとともに私のレスラー人生はあった」と、本紙とは切っても切れない関係だったことを告白している。2010年で本紙が創刊50周年を迎えたこともあって、同年8月に都内のホテルで行われた「80歳誕生日パーティー」に先立ち、本紙記者やカメラマンとの思い出を語った。現役引退後はニューヨーク州バファローで教員を務め、秘密結社フリーメーソンにも所属していたという。そのかたわら、本紙の通信員として活躍し、米マット界のニュースや名レスラーの訃報などもリポートしてくれた。

 力道山の「最後の対戦相手」でもあった。63年12月7日に6人タッグ戦(浜松)で激突。試合翌日に力道山から「キャバレー」へ誘われたが、断って帰国した。その後、力道山が刺されたことを米国で知ると「『もし、あの時、一緒に行っていたら』と今でも考えることがある」と複雑な思いがあったことも明かしている。

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