死去・デストロイヤーさんの軌跡 4の字固めに列島歓喜・お茶の間でも大人気

2019年03月08日 16時30分

故力道山(下)との死闘で日本中を沸かせたデストロイヤーさん(1963年5月)

 覆面プロレスラー「ザ・デストロイヤー」として日米で活躍したディック・ベイヤーさんが7日(日本時間8日)、米ニューヨーク州北部バファロー郊外の自宅で死去した。88歳だった。親族がフェイスブックで明らかにした。力道山やジャイアント馬場のライバルとして知られ、「白覆面の魔王」として幾多の名勝負を演じたレジェンドの訃報にマット界は深い悲しみに包まれた。

 日本中から親しまれたマット界のレジェンドが天に召された。元プロレスラーで長男のカート・ベイヤー氏(58)は自身のフェイスブックで「デストロイヤー、ドクターXことディック・ベイヤーが今日正午すぎに亡くなりました。自宅で子供たち、妻に囲まれながら平穏に召されました。この悲しい知らせを伝えたいと思います」とつづった。

 デストロイヤーさんは1954年にプロレスデビューしたが、当初は素顔で試合をしていた。62年に白地に赤や青の縁取りのマスクをかぶる覆面レスラーに変身。一気に頭角を現し、同年7月に“銀髪鬼”フレッド・ブラッシーを破ってWWA世界ヘビー級王座を獲得。覆面レスラーとして初の世界王者となった。

 63年5月には日本プロレスに初来日し、力道山と対戦。必殺技の足4の字固めをめぐる大死闘で日本中を沸かせ、同年5月24日に東京体育館で行われたWWA世界選手権は平均視聴率64%を記録した。

 馬場、猪木とも熱闘を繰り広げ、72年には馬場が旗揚げした全日本プロレスに登場。「馬場に負けたら助っ人として日本に残る」と宣言し、敗れたデストロイヤーさんは約束を守って全日本所属となり、馬場はもちろん、ミル・マスカラスやアブドーラ・ザ・ブッチャーとも好勝負を演じた。また若手のコーチ役も務め、ジャンボ鶴田、大仁田厚らを指導。馬場から絶大な信頼を寄せられ、93年の引退以降もたびたび日本を訪れて親交を温めた。

 プロレスラーとして活躍する一方、70年代の人気テレビ番組「金曜10時!うわさのチャンネル!!」(日本テレビ系)に出演して人気を集めた。同番組の司会者・和田アキ子とは絶妙のコントを繰り広げ、せんだみつおや徳光和夫アナに足4の字固めを仕掛けるシーンにお茶の間は笑い転げた。

 マット界きっての親日家で、日米の青少年交流に貢献した実績がたたえられ、2017年には外国人叙勲者として旭日双光章を受章。2月19日に開催されたジャイアント馬場没20年追善興行(両国国技館)のブッチャー引退セレモニーにはビデオメッセージで登場し、元気な姿を見せていた。

☆本名ディック・ベイヤー。1930年7月11日生まれ。米国ニューヨーク州バファロー出身。シラキュース大大学院修了。大学時代にアメフット、レスリングで実績を残し、54年にプロレスデビュー。62年に覆面レスラーに転身し、WWA世界ヘビー級王座を獲得した。AWA時代には黒覆面の「ドクターX」と名乗り、同世界ヘビー級王者にもなった。63年に初来日し、日本プロレスに参戦。足4の字固めで力道山と名勝負を繰り広げた。力道山の死後は豊登、ジャイアント馬場のライバルとして死闘を見せた。また、タレントとしても活躍した。93年に引退。現役時代は183センチ、110キロ。

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