かの有名なクラーク博士は「青年よ、大志を抱け!」と言った。だが、人生100年時代を迎え、“定年”という概念が希薄になったこのご時世ならきっとこう言ったことだろう。「中年よ、大志を抱け!」。希望を抱くためにはやっぱり旅に出るのが一番。最近、大人のための“仕事旅行”ともいわれる職業体験サービスが登場し、話題になっている。どんなものなのか、そして人生後半をどう働くべきか、人材育成のプロに聞いた。
 
「50代になると、多くのサラリーマンが『定年後も見据えて自分のキャリアを考えろ』と言われるようになり、人生の転機を迎えます。しかし、転職経験もなくずっと“会社村”の中で生きてきたミドル・シニア社員にとってはその『キャリア自律』がまず難しいものなのです」
 
 こう語るのは、人材育成を手がける㈱FeelWorks代表の前川孝雄氏(52)だ。
 
「キャリア自律」とは働き手自らが自律的にキャリアを開発していこうとする姿勢のこと。人生100年時代といわれ、一方で会社組織の存続も不透明になりつつある今、ひとつの会社で働き続けることは容易ではない。だからこそ、若者のほうが組織にキャリアを委ねることのリスクを敏感に感じ取っているのに、50代は「あと10年だから…」と重い腰が上がらない。
 
 そこで注目を集めているのが、FeelWorksがミドル社員研修で取り入れている短期の職業体験サービス「仕事旅行」だ。旅行の企画をしつつマーケティングを学んだり、ゲームクリエーターになったり、通訳ガイドになってインバウンドの状況を体感したり…1日の数時間で受けられる。
 
「普段と異なる仕事をすることで、自分の強みと弱みに気づくことができます。今の会社でもう一勝負するのか、あるいは転職や独立を目指すのか。越境体験することで、そういった気づきと刺激を得られると思い、㈱仕事旅行社と提携しました」
 
 こう語る前川氏も6月に、みずから「住職になる旅」に出た。
 
 前川氏がお寺を選んだ理由は、キャリア支援のプロとして働く中で、そもそも「マインドフルネス」や「コーチング(傾聴)」といった海外から入ってくるマネジメント手法の源流が日本にあるのではないかという疑問。また、人生の転機や苦難にある人に寄り添いたいという思いがあったからだということだが、一体どんな“旅”だったのか?
 
「私と同世代のご住職がマンツーマンで指導してくださり、お経を読む、お札作り、写経、祈とうなどしっかり体験させてもらいました。また、全国にはコンビニよりも多い7万の寺院が存在し、住職がいないお寺も少なくなく、現在ではお寺、お墓、お葬式の“3離れ”が深刻となっているという現状まで教えてくださいました。『お寺サイドの一方的な価値観を押し付けるのではなく、今の時代に合った寺のあり方に変わるべき』という言葉は、『お寺』を『会社』に置き換えたらビジネスでもまったく同じだなと痛感しました」
 
 なんとなく知っていた知識ではなく、実際にやってみることで得られる気付きや実感が、50~60代のこれからを考える上で大いに役に立つのだ。
「これまでの日本型雇用は『我慢して働けば(給与や肩書が上がって)将来は豊かになる』ことを暗黙知にしていましたが、これからは『今の幸せの積み重ねが将来の幸せを成す』といった具合に物差しを経済的な対価から働きがいや生きがいに置き換えていくことが重要になってきます。元気だから働くのではなく、働くから元気になるのです!」
 
 定年退職した途端に元気がなくなるのは男性ばかりという話もよく耳にするだろう。会社が用意してくれる研修旅行も盛り上がって楽しいだろうが、たまにはおひとりさまの仕事旅行に出かけてみてはいかが?
 
【人気1位は神主になる旅】
 中高年に人気の仕事旅行は2つのカテゴリーに分けられる。
 
 ①現在の仕事に関係のある仕事を体験する旅
 たとえば、コーチングやプランニングに役立つ「神主になる旅 8時間」(1万800円)は50代の人気ランキング1位。
 同2位の「探偵になる旅 5時間半」(1万800円)では尾行を疑似体験することで、人の声に耳を傾け、人間関係を癒やす力が得られるとか。
 
 ②将来の独立を視野に、できそうな仕事を体験する旅
「そば職人見習いになる旅 4時間40分」(5000円)は釣り好きでそばオタクの店主から、そばと独立について学べる。
「小さなお菓子屋になる旅 4時間」(1万800円)は「いつか自分のお店を持ちたい!」という人に人気だ。