【鉄旅タレント木村裕子の日本全国おもしろ鉄道】前回東京五輪開催の1964年デビュー 初代新幹線0系を堪能!

2020年03月10日 16時00分

元0系の運転士が、当時の秘密を教えてくれました!

 東京五輪が今夏に開催されるのに先駆け、東京都に2つの新駅が開業します。今月14日にJR山手線の高輪ゲートウェイ駅、6月6日に東京メトロ日比谷線の虎ノ門ヒルズ駅です。

 実は、前回の1964年の東京五輪開催時には、鉄道界に新しい路線が生まれました。それが東海道新幹線です。そこで56年前の東京五輪に思いをめぐらせ、当時、一躍世界のスーパーヒーローとなった初代新幹線0系に会いに行ってきました!

 静岡県にあるJR東海道本線吉原駅から岳南電車に乗り換え、吉原本町駅から徒歩約10分。富士市の住宅街の中にある新通町公園に0系が展示されています! 実はここ、日本で一番最初に新幹線を展示した公園なんですよ。土日祝日の10~15時には無料開放されているので、車内に入ることもできます。お手洗いや車内販売室に並んで、当時は画期的だった冷水器もそのまま残っているんです。

 客室には座席とNゲージ模型、鉄道雑誌や資料などがずらっと並びます。さらにすごいのは、運転台に座ってたくさんのスイッチを自由に触れること。私が10年にわたってお世話になっている元0系運転士・にわあつしさんも同行してくださったので、当時のことをおうかがいしてみました。

 にわさんによると「今の新幹線の運転士は1人だけど、当時は2人いたよ。走行中に車両が故障するとランプがつくから、どちらかが直しに行くんだ」。時速200キロで爆走中、運転士自ら修理をするという、いまでは考えられないことを教えてくれました。

 続けて「0系のだんご鼻の中は3畳ほどの空間があって、乗務員の休憩スペースだったよ」とのこと! 乗り心地はあまり良くなかったそうですが、あの先頭部分の中で休憩ができるなんて、とってもうらやましいです。

 ここで木村ポイント! 当時の運転方法にも驚きです。例えば乗車率を知るために、自身がブレーキを掛けたときに体に感じる重力のわずかな違いから、計算していたそうです。それについてにわさんは「あのころは、機械よりも自分の感覚や経験を信じて運転していた。今は逆だよね」と懐かしむように話してくれました。新幹線の運転は職人技だったんですね。

 それでは、当時は五輪と同じくらい世界を沸かせた0系新幹線を見に、出発進行~!

☆きむら・ゆうこ=1982年8月17日生まれ。愛知県出身。鉄道をこよなく愛する鉄旅タレント。2015年にはJR、私鉄、地下鉄、ケーブルカー、モノレールなど、日本全国にある鉄道を全線乗車する「日本国内鉄道全線完乗」を達成。乗車した走行距離は約2万8000キロメートル。