【鉄旅タレント木村裕子の日本全国おもしろ鉄道】ホームに現れた“たぬきおじさん”の正体は…

2019年08月20日 16時00分

五郎駅には突然、タヌキの着ぐるみを着たおじさんが現れます

 列車の徐行区間や速度制限は、全て緻密に計算されて作られています。でも私が知る限り、日本で1か所だけ、沿線の人が徐行区間に変更させた場所があるんです!

 それは、愛媛県のJR予讃線にある五郎駅です。ここは、観光列車「伊予灘ものがたり」が通過する駅。この列車は伊予灘を車窓間近に見ることができて、レトロモダンな車内では、朝食プレートや懐石料理などの食事がいただけます。

 この電車に私が乗車した時のこと。アテンダントさんが「まもなく見える駅のホームをご覧ください」と案内すると、さっそうと走っていた列車が突然ゆっくりになり、徐行になりました。

 するとタヌキの着ぐるみを着たおじさんが、タヌキのイラストが描かれたうちわを両手に掲げ、ホームから車内に向かって満面の笑みでピョンピョン跳びはねながら手を振ってきたではありませんか! しかも列車を追いかけて、走って付いてくるんです。

 文字で説明するとちょっとしたホラーですが、実際の車内は笑い声に包まれ歓声が上がってました。「一体アレは何だったんだ!?」。興味津々の私は下車後に五郎駅へ戻り、あの“たぬきおじさん”に会いに行くことにしました。

“たぬきおじさん”の正体は、駅の近くにある「理容いのうえ」のオーナー、井上さんでした。井上さんは、列車の通過時刻になるとハサミを置いてホームへ出向き、タヌキに変身してスタンバイしていたんです。

 もともとこの駅は、野生のタヌキが出ることから「たぬき駅長のいる駅」として有名でした。国鉄時代に駅長がエサをやり続けてタヌキが居ついたんですが、無人駅になってからは、代わりに井上さんがエサを与えるようになり、多い時は15匹もいたそうです。

 中には「お座り」「待て」ができるタヌキもいたとか! 井上さんが1人で話しかけていたところを見知らぬ旅行客に見られた時は、不審者扱いされたこともあったそうです(笑い)。

 井上さんは「本当はタヌキに首輪をつけて列車を迎えたかったけど、それは難しいので、自分が変身してボランティアで歓迎することにしたよ!」と教えてくれました。

 ここで木村ポイント! 観光列車のデビュー時は普通の速度で駅を通過をしていたのに“人間たぬき駅長”の出現で徐行ダイヤに改正されたんです。そのため今日まで井上さんは、お出迎えを休んだことはありません。当初は猛反対していた奥さんも、今では着替えをお手伝いしてます。それでは、地元の方が演出する「ものがたり」に会える伊予灘ものがたりへ、出発進行! 

(毎週火曜掲載)

☆きむら・ゆうこ=1982年8月17日生まれ。愛知県出身。鉄道をこよなく愛する鉄旅タレント。2015年にはJR、私鉄、地下鉄、ケーブルカー、モノレールなど、日本全国にある鉄道を全線乗車する「日本国内鉄道全線完乗」を達成。乗車した走行距離は約2万8000キロメートル。