【アイビスSD】サンアディユが予想外の激走も勝負度合いは“ゼロ”だった!?

2021年07月23日 20時00分

13番人気での激走を見せたサンアディユ

【松浪大樹のあの日、あの時、あのレース=2007年アイビスSD】

 サンアディユが07年のアイビスSDに出走すると聞いたとき、思わず「えっ?」と聞き返しちゃいました。それくらいビックリしたんですよね。

 フレンチデピュティ産駒の彼女はデビュー当初からダート馬と思われていて、実際にアイビスSDに出走してくるまで芝のレースを一度も走ったことがなかった。ダートばかりを走って5勝し、オープンまで出世した5歳の牝馬を芝に転向させる必要なんてあります?

 しかも、オープンに昇級してからはハナを切ることができず、単純にスピード不足と思えるレースぶり。なのに、どの条件よりもスピードが必要な新潟の芝1000メートルに出走すると言うんですから…。そりゃあ、何度でも「本当ですか?」と聞き返しちゃいますよ。

「俺だってフレンチの子だし、厳しいと思うよ。フレンチに似て繋ぎも短いし、さばきも硬いし。でも、オーナーが繁殖に上がる前に一度だけ芝を試してみてくれないかと言うんだよ。頭打ちになっているわけだし、ラストレースと思えば、それもアリかなと」

 当時、音無調教師から返ってきたコメントはこんな感じだったかな? その真意はともかく、ゴールインまでは「無事に走ってきてほしい」のニュアンスだったのは間違いなくて、トレーナーはレース当日の新潟競馬場に行ってもいません。

 あの日の表彰式で優勝カップを受け取ったのは、ゴールデンキャストをアイビスSDに出走させていた橋口弘次郎調教師。関係者が一人も新潟に来ていなかったため、代打でお立ち台に上がったんですよね。それもあってか、〝勝負度合いゼロの一戦〟というイメージが現在も記憶に残っているんです。

 しかしながら、関係者が一人もいなかった理由は他のところにありました。今週、音無調教師に当時のことを聞いてみると「あの週のことは忘れもしないな。確かに新潟には行かなかったけど、それは小倉に管理馬を出走させていたことが理由ではないし、もちろん、勝負にならない…と思っていたからでもない。実際、新潟に行く飛行機の切符は取っていたんだから。ただ、あの週末は台風の動向が微妙で、前日の晩に食事をしたオーナーの松岡さんから〝台風が来ているのに無理していく必要はないよ〟と言われた。橋口先生が同じレースに使っているのは知っているので、何もかもをお任せして小倉に残ることにしたんだよ」。

 当日の小倉で音無調教師と「勝っちゃいましたね」なんて話をした記憶があったので、てっきり〝勝負度合いが低いため〟と思い込んでいたのですけど、記憶違いもいいところ。すみません、真相は別にありました(苦笑)。

 13番人気での激走だった一戦について改めて聞くと「スタートで出遅れてなあ。ただでさえ芝でどうかなと思っているのに、出遅れが厳禁の1000メートルで出遅れてしまった。これはアカンわ…と思ったら、アレヨアレヨという間に差し切っちゃったんだよな。いや、本当に驚いた」。予想外のパフォーマンスだったことだけは確かだったようです。

 サンアディユはこの一戦だけでなく、セントウルSと京阪杯も勝ち、スプリンターズSでは1番人気2着。終わってみれば芝にこそ適性があったサンアディユに対し、「もっと早く適性を見抜いていれば…」と言う人もいるかもしれません。しかし、それは結果が出た現在だからこその考え方。アイビスSD前のサンアディユを芝に使うなんて、誰も思いつかなかった。ゆえに「最後に芝を使ってみてくれ」と進言したオーナーの慧眼が凄まじかった一戦という記憶が僕の中に残っているのです。

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