【中京記念】「テイオーの代わりになるわけではないけど」 タガノマイバッハが厩舎唯一の重賞逃げ切りV

2021年07月16日 20時00分

安藤勝騎手の手綱で逃げ切ったタガノマイバッハ

【松浪大樹のあの日、あの時、あのレース=2003年中京記念】

 現在はサマーマイルシリーズの一環として行われている中京記念。でも、1600メートルに距離が短縮されたのは最近のことなんです。それが2012年で最初の勝ち馬はフラガラッハ。それよりも前は春開催の芝2000メートルで行われていました。

 現在では金鯱賞が同じ立ち位置になるんでしょうか。大阪杯はまだGⅠに昇格しておらず、何かの前哨戦というわけでもなかったんですけど、意外とメンバーがそろっていたイメージで、実際に勝ち馬には結構なレベルの名を見ることができます。

 オークス馬のチョウカイキャロル、エリモエクセルにGⅠの常連となる前のメイショウドトウ。橋口弘厩舎はツルマルボーイでも勝っていますが、より印象が強いのはレコード勝ちを決めたローゼンクロイツのほうですね。今回はこちらをピックアップしようかどうかと悩んだほどです。

 結局、紹介するのは2003年のタガノマイバッハ。松田博資厩舎が管理したダンスインザダーク産駒で青葉賞勝ち馬トキオエクセレントの半弟という血統背景の馬でした。デビューする前から「いいぞ」とトレーナーに推奨されていた馬で、実際にデビュー戦も楽勝してますが、それ以降はダンスインザダーク産駒らしい決め手のなさで勝ち切れず、本格化したのは4歳になってからでした。この厩舎にしては珍しい積極策を取る馬だったんですよ。

 競馬ファンの多くが感じていたことと思いますけど、松田博調教師は前に行く競馬が嫌いな方。

「後ろからの競馬で届かないのは次に楽しみが持てるけど、前に行ってバタバタになったら先がないやんか」が持論でしたね。ある程度のポジションを取ってもらって直線では射程圏──の競馬のほうが安心して見ていられると思うんですが、馬券を買う人間と先も考えるトレーナーとでは望むものに違いがあるのでしょう。

 実際、松田博厩舎の馬が逃げて勝つことは本当に少なくて、あれだけの結果を残した厩舎にもかかわらず、JRA重賞での逃げ切り勝ちはタガノマイバッハの中京記念のみ。実に貴重な勝利なのです!

 誰に何を言われてもどこ吹く風の安藤勝己騎手だからこその結果だったかもしれません(笑)。

 タガノマイバッハは八木良司オーナーの所有馬。松田博調教師が好まないはずの逃げ切り勝ちだったにもかかわらず、翌週のトレーナーがすごくご機嫌で…。これには数年前、タガノテイオーという傑出した馬(2000年の東スポ杯3歳S勝ち)が朝日杯3歳S(2着)の競走中に故障を発症し、大成できなかったという背景がありました。

「あれだけの馬に出会うことなんてなかなかなくてさ。ようやくGⅠで勝ち負けするような馬が出てきた…というところで残念なことになった。マイバッハの勝利はGⅢだし、テイオーの代わりになるわけでもないけど、オーナーにとっては久々の重賞勝ち。それを自分の厩舎でできたことは本当にうれしく思う」。

 このようなことを言っていた記憶がありますね。松田博調教師の八木オーナーに対する思いは人一倍のところがあって、引退間際も「あれだけよくしてもらったのに、八木オーナーにGⅠを勝たせてあげられなかった。それは悔いが残る」と。タガノマイバッハもこの中京記念の次走で大阪杯も勝つのですが、当時の格付けはGⅡ。この時は逃げるマグナーテンを先に行かせて2番手からの競馬でした。

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