故・岡田繁幸オーナーから引き継がれるトラストの翼

2021年05月18日 15時00分

今年の3月に亡くなった岡田繁幸さんがオーナーだったトラスト

【赤城真理子の「だから、競馬が好きなんです!!!」】

「盛り塩の本当の意味って分かる?」

 現在は東スポの専属評論家として活躍してくださっている中村均元調教師が現役だった頃、こう聞かれたことがあります。私は「魔除け」だと思っていたのでそう答えたのですが、中村先生の答えは「NО」。

「合っているようで、ちょっと違うね。盛り塩の起源は平安時代。当時、帝には側室と呼ばれる奥さん方がたくさんいたでしょう。帝は牛車に乗って彼女らのそれぞれの住まいに通うわけだけど、いつ自分のところへ来てくれるかは側室には分からない。もどかしかったと思うよ。ある時ね、そんな側室の一人が、自分の家の前に塩を盛って置いたのだそう。帝が〝今日はどの側室の元へ行くか〟なんて思いながら…かは分からないけれど、ともかく彼を乗せた牛車がその側室の家の前を通ったんだな。そしたら牛が盛り塩を見つけて舐め始め、動こうとしなくなった。それで帝はその側室の家に立ち寄ることに決めたんだそうで、側室らの間ではそれから盛り塩がはやったんだとか。つまり盛り塩の意味は魔除けではなくて、〝福を呼び込む〟ことにあるんだ」

 中村先生が博識なのは東スポ紙面でもお分かりになるかと思いますが、当時から馬のこと以外にもたくさんのことを教えてくださいました。記者になってからたった1年だったけれど、引退まで中村厩舎の担当になれたのは私の財産だと思っています。

 さて、そもそもなぜ盛り塩の話になったのかというと、当時は中村厩舎の所属馬だったトラストの出走時、熊沢騎手がパドックで馬のお尻に盛り塩をしたのに気づいたから。競馬記者になりたてだった私にとっては初めて見る光景だったので、翌週すぐに中村先生に聞きに行ったんです。それで冒頭のお話をしてくれた中村先生。

「昔はいろんなジョッキーがやっていたけど、今は熊沢さんくらいかな。馬も人も無事にレースを終えられるようにって願掛けから始まったことだと思うし、なんかいいよねえ」

 盛り塩の意味を知るきっかけになったトラストは、5月15日に京都ハイジャンプに出走しました。レース前、熊沢騎手は「前走(ペガサスJS2着)は控えていたら…と思うところもあったけど、トラストにとって一番大切な〝彼自身のリズム〟を大切にした。大きいところを勝てる能力のある馬だから、力を出し切るレースをしてあげたい」と語っていました。

 結果的に、3号障害を飛んだ後、かなり外を回らされる苦しい展開になり2着でしたが、勝ったマーニに騎乗していた三津谷隼人騎手はこれが引退レース。中京競馬場は拍手の渦に包まれたそうで、競馬の神様の存在を感じられたレースでした。

 そして私は、中村先生が引退前に話してくれた、故・岡田繁幸オーナーとのエピソードを思い出していました。

「トラストって馬名はね、信頼って意味なんだ。もともとは川崎の地方にいた馬がデビューから2連勝して挑戦した札幌のオープン(クローバー賞)でいきなり2着にきてね。すごい馬だとなった時、昔からお世話になっていたオーナーの岡田さんが当時3年で引退を控えていた僕のもとに預けてくださった。〝この馬で次の重賞を勝ってくれ、君への信頼の証しだ〟って。本当にうれしかったよ」

 岡田オーナーが中村先生への信頼の気持ちとして預けた馬、トラスト。中村先生の引退後は、愛弟子であった長谷川浩大調教師に引き継がれ、脚元に不安を抱えながらも毎回懸命な調整過程でここまで活躍し続けています。

 中村先生は引退前に「トラストを長谷川君に引き継げるなんて、こんな幸せはないね。僕が持っていた競馬への大きな夢と信頼の気持ちを背に乗せて、きっと活躍してくれると信じている」と語っていました。

 トラストという名に込められた、信頼のバトン。それはきっと、彼が障害を飛ぶ際の翼の一部になっていると思います。

〝盛り塩〟の意味ではないけれど、きっと彼には「とてつもない福を呼び込んだ」と感じられるレースが、未来に用意されている──。私もファンの1人として、そう「信じて」います。

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