【天皇賞・春】ウマ娘でも人気の〝刺客〟 あの日のライスシャワーは究極の輝きを放っていた

2021年04月30日 20時00分

メジロマックイーンの3連覇を阻止したライスシャワー

【松浪大樹のあの日、あの時、あのレース=1993年天皇賞・春】

 遠い昔の話になりますけど、スーパークリークが勝った1990年の天皇賞・春。2着イナリワンとの枠連配当が380円のいわゆる〝銀行レース〟。3連単はもちろん、馬連の発売もない当時はこの馬券以外を買う気になれませんでしたね。

 誰が考えても2頭で決まりのレース。なので、僕は並びましたよ。場所はウインズ後楽園。なけなしの1万円を手にして。ですが、まだ午後3時前なのに馬券売り場には早くも長蛇の列。一応は前に進みますが、後楽園は建物に入ってからが意外と長いんですよ。まるでUSJのアトラクション(当時はありませんでしたけど)。で、馬券を買えずに締め切られちゃったんです(涙)。

 ビックリですよ、ホントにビックリ。1分前にネットで馬券を買っている現在からは考えられない。大概の場合は「買ってりゃハズれてたな。間に合わないでよかった」なんてパターンになるんですけど、このレースはそうなるはずのないレース。いや、本当にショックでした。その反動でなけなしの1万円を研究もしていない最終レースに突っ込み、当たり前のようにハズれて帰路につくという。とても悲しい記憶が残っています。

 ウマ娘が大ヒットしているおかげで、30年以上も前の名馬たちにスポットが当たっている。もちろん、彼らが擬人化され、美少女の姿になって走っていることに対し、違和感を覚える競馬ファンは少なくないかもしれません。実際に僕もその一人だったわけですが、先入観で敬遠することが嫌いな性格。アニメにもゲームにも参戦してみましたが、意外と思えるほどに彼らはリスペクトされているんですよね。

 例えば、今週の天皇賞・春を2勝しているライスシャワー。彼(彼女?)はヒールとして扱われることが多く、実際にミホノブルボンの3冠を阻止したときには「なんてことをしてくれるんだよ!」なんて思いもしましたが、ウマ娘でもヒール扱いされることに悩んでいるキャラクター作り。〝刺客〟なんて表現をされていた当時の状況を的確に示していると思います。丁寧なゲーム作りはもちろんですけど、この部分を疎かにしなかったことも大きかったのではないでしょうか。

 メジロマックイーンの3連覇を阻止した1993年の天皇賞・春。このときもライスシャワーはヒール役でしたが、菊花賞と違い、僕は彼を応援していましたよ。その理由がハードな調教内容。ゴール板を過ぎても的場均騎手のムチは飛び続け、それに耐えて必死に走る小柄な馬の映像を見たとき、そして、それが形になって表れたパドックでの馬体(12キロ減の430キロ)を見たとき、僕はライスシャワーこそが天皇賞の主役にふさわしいと感じたんですよね。余分なものが何一つなく、それこそ〝研ぎ澄まされた〟という表現がピッタリのシルエット。言い知れぬ感動がありました。それは映像越しでも伝わってきましたね。もしかしたら、この天皇賞は調教というものを僕が強く意識した初めてのレースだったかも。調教担当として二十数年の時間をトレセンで過ごしていますが、その原点がこれだったのかなとも思います。

 もちろん、当時と現在では調教に対する考え方も違い、レースの週にハードな追い切りをする厩舎は減少しました。しかし、大きいところを勝つ馬はおしなべて、そこに至るまでに強い負荷をかけられているもの。このレースから十数年後、ディープインパクトが登場したときも同馬を管理した池江泰郎調教師(メジロマックイーンの管理トレーナーでもありました)は何度も口にしていたんですよね。「どんな名刀も磨かなくては錆びてしまう」と。あれほどの名馬であっても例外ではなかったんです。

 磨かれ、叩かれ、究極の輝きを放っていたあの日のライスシャワー。レースを未視聴の方はぜひ、ご覧になってほしいレースだと思います。

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