【金鯱賞】サートゥルナーリアの〝左回り苦手説〟とは何だったのか?

2021年03月12日 20時45分

左回りが苦手だったサートゥルナーリア

【松浪大樹のあの日、あの時、あのレース=2020年金鯱賞】

 僕の金鯱賞といえば、サイレンススズカが勝った5月のイメージ。いまだに3月の金鯱賞がピンとこないオジサン記者になりました。有馬記念へのステップとして12月にやっていた時期もありましたけど、アレは結局、なんだったんでしょうね?

 ダビスタ没頭世代の競馬ジャンキーはレース名で季節を感じるもの。現在のニーズに合った番組改編には大賛成の立場を取っている記者ですが、ビックリするような大改編(カーニバル開催なども含め)をドカーンとやるのはともかく、それ以外はほとんどいじらないでほしいと個人的には思ってます。

 3月の金鯱賞はピンとこない…と言いながら、今週はまだまだ記憶に新しい昨年のレースを。角居勝彦厩舎の解散に合わせるように去っていったサートゥルナーリア。角居厩舎は時計班の僕が初めて担当させてもらった厩舎で、母シーザリオの訃報も重なり、どうにも寂しい3月となってしまったのですけど、そんなタイミングだからこそ、昨年のあの一戦を振り返ってみたいんですよね。なぜなら、同馬が最後に勝ったレースは苦手にしていたはずの左回り。あの〝左回り苦手説〟はなんだったのか? そう考えているファンも少なくないと思うので。

 ご存じの方も多いと思いますけど、サートゥルナーリアは右手前で走るのが大好きで、右手前だけで楽々と坂路を駆け上がってきました。晩年のほとんどは苦手としていた左手前を使う練習に終始していたほど。同馬の調教に乗ることもあった中谷雄太元騎手は「右手前と左手前の走りに差があり過ぎて、それに違和感を覚えるレベルだと思う」と言ってましたね。
 
 で、コースの話になるんですが、得意の手前をどこで使うのか…ということだけを考えれば、最も苦しい最後の直線を右手前で走れる左回りのほうがいいようにも思えます。実際、僕もそう思っていました。あの馬は状態の浮き沈みも激しいタイプで、一昨年の日本ダービーも天皇賞・秋もそれに該当したレース。左回り以外のところに敗因があると考えていたんです。

 しかし、前述した中谷元騎手に言わせると「その考え方が間違ってる。余力を残している調教では見た目にわからないだろうけど、苦手な手前でコーナーを走ることが苦痛だろうし、それがコーナーで脚をためられない理由になっていると俺は思う。今年の金鯱賞のメンバーなら能力で勝てるだろうけど、仮に最初から速いペースで流れる競馬だとわからない。そういう状況のほうが差は出るからね」。

 1000メートル通過が63秒6のスローペース。余力を残した状況で直線を向いたサートゥルナーリアは金鯱賞を楽勝しました。しかし、この結果が〝左回り苦手説〟を一蹴するものでないことは先のコメントが示す通り。同馬の調教担当として最も長い時間を過ごしてきた小滝崇調教助手は「僕も早い段階から右回りと左回りでは走りが違うと思っていました。得意な手前でコーナーを回り、直線に向いたときの勢いも違う右回りのほうが明らかにいいと。しかし、それでは走れるレースが限られてしまうので、右と左の差を少しでも縮めたいと左手前で走る練習を繰り返し、だいぶ上手に走れるようにはなっていたんですけどね」と。左回りが苦手な馬だったことは確かなのですが、それを調教によってクリアできたのかどうかは未知数。それだけに昨秋の東京で走る姿を見たかったとも思います。

 ちなみに距離や馬場が敗因とされた宝塚記念の4着は暑さに弱いロードカナロア産駒らしい〝夏負け〟が理由──それが角居厩舎の担当記者だった僕の最終結論。暑い時期の発汗がすごい馬でしたからね。そういえば、初の敗戦を喫したダービー当日も記録的な暑さでした。決戦前日、見送りに行った厩舎で角居調教師が「ウオッカのダービーもとても暑い日だったんですよ」とポツリと漏らしたんですが、それは勝利の予感ではなく、歯車が狂い始めたサインだったのかもしれません。

関連タグ: