【東京スポーツ杯2歳S】マヤノトップガンと比較されたキングヘイローの秘話

2020年11月23日 06時20分

3強世代を形成したキングヘイローはここから始まった

【松浪大樹のあの日、あの時、あのレース=1997年東京スポーツ杯2歳S】我々にとって日本ダービー、有馬記念にも匹敵するとてつもなく大切な1戦・GⅢ東京スポーツ杯2歳S。この条件に固定された記念すべき1997年の勝ち馬はキングヘイローです。前年から重賞に格上げされた府中3歳S(当時)を継承する形だったので、名称は「第2回東京スポーツ杯2歳S」。第1回なのに第2回なの? という不思議な感覚になったことを覚えていますね。

 クラシックの登竜門であり、ありがたいことに翌年からGⅡ競走に昇格する東スポ杯。しかし、勝ったキングヘイローは1200メートルのGⅠ高松宮記念の勝ち馬になり、2着のマイネルラヴもスプリンターズSの覇者となっています。1800メートルの重賞でワンツーを決めた2頭がのちのスプリント王者──。これ、かなりのレアケースではないでしょうか?

 昨年の勝ち馬で今年の三冠馬コントレイルもスプリント戦に対応できるスピードを持っていると…あながち間違いではないと思うんですけど、それが証明される日は来ないでしょうね。でも、東スポ杯を勝つために何よりも必要なものはスピード。その認識が馬券作戦に役立つかもしれませんよ。

 引退したばかりのマヤノトップガンと比較されることも多かった当時のキングヘイロー。同じ坂口正大厩舎の管理馬だったことがその理由でしょうが、僕自身はそれに疑問を持っていて、未勝利勝ちが3歳の3月で2勝目を挙げるまでに7戦も要したマヤノトップガンと違い、キングヘイローは新馬戦、黄菊賞とデビュー2連勝で重賞挑戦。父ダンシングブレーヴは1980年代の欧州最強馬の呼び声も高く、母グッバイヘイローもケンタッキーオークスを筆頭にGⅠを7勝した名牝と血統も超A級(ブライアンズタイム×ブラッシンググルームのマヤノトップガンの血統馬と言えば血統馬ですが…)でした。まるで違う背景の馬と認識していたんです。

 それは管理する坂口正大調教師も同じだったようで「周りはトップガンと比べたがるけど、あの馬はエリートでなくて叩き上げ。ダービーのときに条件を走っていたんだよ。もちろん、トップガンは素晴らしい馬ではあるけど、本当のエリートはキングヘイローのような馬と考えているし、この2頭を比較するのはどうかと思っている」と言い切ってくれました。自身の意見が肯定されたこともあってか、取材した場所(事務所前の駐車場でした)も含めて、現在もはっきりとした記憶が残っているやり取りです。それこそ東スポ杯の週のことでした。あれから23年──。自分の記憶力に感動してしまいますね。いや、ホントに(笑)。

 クラシック路線で結果を出せず、ダート路線にまで手を出したキングヘイローがGⅠ初制覇を果たした2000年の高松宮記念。坂口正大調教師は人目もはばからずに涙を流してましたが、これだけのエリートホースを管理するプレッシャーがあったからではないか、と個人的には思っています。あの場にいた僕も思わずホロッとしてしまいました(泣いてません)。