【マイルCS】橋口弘次郎調教師の考えを一変させた高橋亮→安藤勝の乗り替わり

2020年11月22日 06時15分

アグネスデジタルとダイタクリーヴァで決まった2000年マイルCS

【松浪大樹のあの日、あの時、あのレース=2000年マイルCS】おそらくはほとんどのファンが「大外からぶっ飛んできた栗毛の馬って何?」と感じていたのでしょうが、京都競馬場の記者席で見ていた僕もそうでした(苦笑)。何が飛んできたの? え、アグネスデジタル? まさにこんな感じでしたね。そうです、2000年のマイルCSの話です。本当に申し訳ないですけど、このレースまでは単なるダート馬と思っていました。短距離ダートに活躍馬が多いクラフティプロスペクター産駒で芝の勝ち鞍もない。さすがに芝のGⅠでは厳しいだろうと…。

 13番人気の低評価は僕と同じ意見の競馬ファンが多かった証明でしょうね。管理する白井寿昭調教師も「デジタルに乗っていた白坂(調教助手)が〝馬が柔らかくなっているから芝でもイケる〟と。〝そうか、それなら使ってみようか〟で出走した1戦。乗っている人間の言っていることは素直に聞いとくもんやな。その大切さを知ったわ」

 と言っていたくらいですし、2000メートルの距離に挑戦した翌年の天皇賞・秋のような確信は持っていなかったみたいですけど、このようなチャレンジスピリットが芝・ダートを問わずにGⅠを6勝するオールラウンダーを生み出したわけです。まあ、とにかくビックリした1戦でした。

 しかし、今回のこのコラムで取り上げたいのは勝ったアグネスデジタルでなく、2着に敗れたダイタクリーヴァ。このレースは安藤勝己騎手が騎乗して半馬身差の2着に負けてしまうんですけど、本来は橋口弘次郎厩舎の所属騎手であり、春のクラシックでも主戦として手綱を取った高橋亮騎手(現調教師)が騎乗するはずだったんです。それが当日の落馬によって急きょの乗り替わり。僕の記憶が正しければ昼過ぎくらいに発表されたと思うんですが、その瞬間から一気に単勝が売れ始め、最終的にはブラックホークを逆転。1番人気での出走になりました。

「亮はウチの所属だったし、彼を育てたいという思いもあった。仮に負けても亮を起用した自分に責任があると思っていたし、そうしてきたことに悔いはないのだけど…」と橋口弘調教師から話を聞いたのはレースの翌週だったと思います。走る馬に乗ってこそ騎手は育つ──。〝武豊〟という師にとって別格の存在が空いている場合は別でしたが、そのような状況でも「まずは亮に」という考えを持ってました。

「でも、ファンはそうじゃないんだな。アンカツと発表された瞬間に1番人気になった。その瞬間に俺は思ったんだ。ファンは馬だけでなく、騎手の名前も見て馬券を買う。自分の信頼した騎手が乗る馬の馬券を買いたいんだってね。それは預けてくれているオーナーも同じ思いだったろう。仮にトップジョッキーが空いているのであれば、乗り替わりも考えなくてはいけない。それを改めて感じた1戦だったよ」

 園田からJRAに移籍した小牧太騎手、復活を目指した上村洋行騎手(現調教師)など、橋口弘調教師のバックアップでGⅠを勝った騎手もいますが、管理馬のほとんどを任せていたわけでなく、むしろ期待馬であればあるほど、橋口弘調教師は武豊騎手や安藤勝己騎手を重宝してました。葛藤もあったと思います。

 しかし、それでも周囲の納得する形を優先した。2000年マイルCSは名トレーナーの考えを変えた1戦でもあったのです。

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