【ファンタジーS】2006年アストンマーチャンのハイスピードに隠れてしまった馬名の由来

2020年11月06日 19時00分

レコードVの加速力でスプリント女王まで駆け上がったアストンマーチャン

【松浪大樹のあの日、あの時、あのレース=2006年ファンタジーS】

 2007年のスプリンターズSを制しながら、翌年に急逝したアストンマーチャンは悲運の名馬として考えられています。確かにそうかもしれません。豊富なスピードを武器とした彼女にはサンデーサイレンスの血が一滴も入っておらず、繁殖牝馬としての活躍は無限大だったのですから…。

 彼女の体調が芳しくないことを告げる電話が鳴ったとき、僕は同馬を管理していた石坂正調教師の近くにいました。ドバイ遠征を前にしたヴァーミリアンの取材をしていたんです。あれから十数年が経ちましたが、沈痛な表情で話を聞く石坂正師の姿を現在でも鮮明に覚えていますね。競馬マスコミが足を運ぶことのない坂路下の小屋での話。寒い朝でした。

 しかし、アストンマーチャンが残してくれた記憶は悲しいものだけではありません。念願のGⅠ制覇を飾ったスプリンターズSは中舘英二騎手(現調教師)を背にしてのもの。「ヤネは中舘に頼んだ。どういうことかわかるやろ」と言って、ニヤリと笑った石坂正師の表情も忘れられません。あの後先を考えないように見えた怒涛の逃げもトレーナーの思惑通り。色々と賛否があるようですが、あれこそが正解と個人的には思っています。

 あの逃げのスタイルで彼女はGⅠ馬になったんですからね。

 アストンマーチャンが2着にキャリア最大の5馬身差を付けて勝ったレース。それが2006年のファンタジーSでした。これこそが彼女のベストレースではないでしょうか。着差だけでなく、走破時計は1分20秒3のレコードタイム。こんなにも強かったのに当時は3番人気。信じられないですよね? 距離の不安があると思われていたことが理由であり、実際にそれはあったんでしょうが、2歳時は適性よりも能力が大事。

 ちなみに記憶が正しければ、アストンマーチャンが出走した全てのレースで僕は彼女に◎を進呈しており、ウオッカが全国に名を売った阪神JFはもちろん、ウオッカとダイワスカーレットの2強対決に沸いた桜花賞でもアストンマーチャンを◎にしていました。

 もちろん、GⅠ制覇を飾ったスプリンターズSも◎です。石坂正師から「アドマイヤコジーンの子でほとんど注目されないと思うけど、やたらとスピードのある馬がおる」と早い段階から聞かされ、すっかり洗脳されてしまった? いやいや、そんなことはなく純粋にアストンマーチャンの能力に惹かれての◎です。本当に速くて強い馬だったと思うんですよ。

 馬名の面白さでも知られた馬でしたね。JRAの発表では「サーキット名+人名愛称」となっていたようですが、ボンドカーの代表として扱われている英国車・アストンマーチンが馬名の由来となっていることは誰もが知るところ。そう、誰もが知る「007」こそが馬名のルーツです。

 「マーチャン」は同馬のオーナー・戸佐眞弓氏のことで、これは同馬を管理していた石坂正調教師から聞いたことなので間違いありません。マーチン→マーチャンの変換がかわいらしさを生み出してますよ。この馬名も記憶に強く残った理由かもしれません。

「面白い名前やろ。他にも馬を買いたいみたいな話をオーナーがしていたから、牡馬ならジェームスポンド、牝馬ならポンドガールがええんちゃうか?と言ってみるわ」と同師。驚いたことに戸佐オーナー=石坂正師のコンビでそれは実現していて、キングカメハメハ×マルカコマチの良血馬の名がなんとポンドガール。ちなみに同馬の馬名の由来は「イギリスの通貨+少女」となっていますが、同師は「先斗町のガール」と言ってましたね。

 仮にそうであるのなら〝ポンド〟でなく、〝ぽんと〟が正解。しかし、そこは下手にツッコむことなく、スルーすることこそが記者として正しい対応かと。当時の僕もそうさせてもらいました、ハイ。