【天皇賞・秋】1999年スペシャルウィークが教えてくれた人間とサラブレッドの絆

2020年11月01日 09時00分

ファンだけでなく白井調教師の心も動かしたスペシャルウィーク

【松浪大樹のあの日、あの時、あのレース=1999年天皇賞・秋】

 本日は東京競馬場でGⅠ天皇賞・秋(東京芝2000メートル)が行われます。僕が最初に見たのはオグリキャップの追撃をタマモクロスが退けた1988年──。もう遠い昔ですね。最近は馬の名前が覚えられないアラフォーになりました。

 スペシャルウィークは1999年の天皇賞・秋を勝った馬です。次走のジャパンカップでは凱旋門賞馬モンジューを筆頭とした外国馬を寄せつけず、引退レースとなった有馬記念ではグラスワンダーと歴史に残る激戦を演じました。

 そんな同馬が天皇賞・秋では4番人気で単勝オッズは6・4倍。現在では信じられませんよね? でも、僕も低評価をしていた一人です。本当に申し訳ない(苦笑)。弁解をするわけではありませんが、当時のトレセンに通い詰めていた記者は誰もが似たような判断をしていました。管理する白井寿昭調教師自身が「半信半疑」と語っていたくらいなのですから、無理もありませんよね。本当に無理だと思っていたんです。

 スペシャルウィークは暑さに弱い馬でした。3歳時も影響があったそうですが、4歳時はさらに夏負けがひどかったとか。グラスワンダーに3馬身差の完敗を喫した宝塚記念の時点で、その兆候(もっとも、白井調教師自身は「仮に夏負けであっても、あれだけの着差をつけられたら言い訳にはできない」と語っていましたが…)を示していたそうです。夏負けが尾を引き、強い負荷をかけられなかった前走の京都大賞典では太め残りで7着に敗退。キャリアで初めて掲示板を外してしまいました。

「体重は絞れていたけど、馬体の張りは戻っていなかったし、距離的なものもあってか行きっぷりがひと息にも感じた。ゴール寸前まで勝てるとは思わなかったよ」がこの一戦の後日談。僕も現地で観戦してましたが、スペシャルウィークが飛んで来たときは「ホントかよ」と。2~4着の馬券を持っていたこともあり、まさに茫然自失の状態でしたね。

 スペシャルウィークは僕の大好きな馬。白井調教師には多くの話を聞かせていただきました。その中で最も心に響いた言葉は、「愛情だけはいくら注いでも、多過ぎるということはない。それを教えてくれた馬」でしょうか。ご存じの方も多いでしょうが、スペシャルウィークは出生直後に母馬(キャンペンガール)が他界し、サラブレッドでない乳母に育てられた馬。それは他の馬よりも人間の手がかかっていることを意味しています。幼少期の彼の世話をしたのは母馬ではなく、牧場の方々なんですよね。

「サンデーサイレンスの産駒は気性が激しく、人間に対しても反抗してくることが多い。ダンスパートナーなんかはひどいものだったけど、スペシャルウィークは違ったな。こちらをを見つけると寄ってくる。人間に対する警戒心がなく、むしろ信頼している素振りさえ見せる。それは彼が愛情をたっぷりと注がれて育ったからこそだと思うんだよ。〝過保護は子どもをダメにする〟なんて言われたものだけど、その考え方は違うと彼は教えてくれた。それは馬も人間も同じことじゃないかと思う」。

 理論派にして血統論者として知られる白井調教師。その同師が〝人との関わり合い〟によって馬の性格も変わると断言した事実。その部分にも僕は感銘を受けたのです。