【菊花賞】2005年ディープインパクト市川明彦厩務員「自分の気持ちと馬に接する態度をできるだけ変えないように心がけていました」

2020年10月22日 16時30分

市川厩務員(右)は常にディープインパクトに寄り添っていた

【陣営が証言する3冠前夜・ディープインパクト】2005年秋、過熱する〝ディープフィーバー〟の中で、調教を任されていた池江敏行助手の葛藤を前回、お伝えした。ではディープインパクトと最も長い時間をともにした担当の市川明彦厩務員の胸中はいかなるものだったのか?

「とにかく人間がプレッシャーに負けないように。いつも冷静にディープと接するように。自分の気持ちと馬に接する態度をできるだけ変えないように。そう心がけていました」

 普段とは違う状況でも普段通りに――。その姿勢は周囲に対しても同様。3冠制覇がかかる大事な時期でも、多くの取材を受け入れた。それにはこんな思いがあったからだという。

「ギャンブルという一面は確かにありますが、それだけじゃなくて、競馬をスポーツとして見ていただきたい。もっともっと広く日本中に」

 多忙を極めながらも、調整は順調に進んでいた。ところが、菊花賞当週にアクシデントが市川厩務員を襲う。

「神戸新聞杯を快勝したので、無事にいけば勝てるだろうと。とにかくケガをさせないように、病気にしないようにと気をつけていたんですが…。結局、私がケガをしてしまったんです」

 もう一頭の担当馬サイレントディールの運動中のことだった。突然、乗りかかってきた他馬をよけようとした際に腰を痛めた。ケガは入院が必要なほどで、「その瞬間はぎっくり腰みたいな感じですね。馬を下りてから脚がしびれ始めて歩けなくなってしまって…」。

 それでもベッドの上にいたのは1日だけだった。

「病院からはダメと言われたんですけど、それを無理に押し切って仕事に復帰しました。飼料管理のほうをできるだけするようにして、ディープに迷惑をかけないようにやってました」

 もちろん、菊花賞当日のパドックには、ディープインパクトと歩みをともにする市川厩務員の姿があった。

「ダービーの時はピョンピョン跳ねて、尻っぱねもして…。そういったアクションを確か菊花賞の時はやらなかったんですよ。私がヨボヨボしてるから気遣ってくれたんじゃないですかね。賢い馬ですから」

 見事に無敗の3冠を達成した当時をそう懐かしんだ市川厩務員は、いつもと変わらぬ穏やかな口調と笑顔でこう結んだ。

「産駒の中から無敗の3冠馬が出ることを夢見てます。ディープが亡くなって、特にその意識も強くなって…。そういう馬たちが凱旋門賞に行ってディープの無念を晴らしてほしいですね」