「北海道から世界へ」養老牧場を開いた元GIホース厩務員の夢

2020年08月29日 06時00分

放牧地でのびのびと過ごすけい養馬(提供・川越靖幸氏)

 ゼンノロブロイやゼンノエルシドといった数々の名馬を担当したJRA元厩務員の川越靖幸氏が、北海道・新冠に引退馬の養老を目的とした広さ約7ヘクタールの牧場ノーザンレイクをオープンした。最終回はこれからの夢や牧場での一日、そしてかつての師匠からのメッセージもお届けしたい。
〈構成・立川敬太〉

 ――牧場では繁殖も行う。将来の夢は

 川越 キリシマノホシは中央では未勝利でしたけど、420キロ前後だった馬体が500キロ近くの立派な体になりました。そういうポテンシャルを持っている馬ですし、サンデー系(父サイレントハンター)の強い気性、そしていつも目がランランと輝いていることなど、もしかするといい子供を出すのではないかと思いまして、キリシマの子を見てみたいという夢はあります。競馬自体が好きですし、自らが生産した馬を走らせてみたい夢もありますね。美浦や栗東は夏は暑いですし、馬にとって一番いい環境の北海道から世界へ行きたい。そういう大きな夢もあります。繁殖は少頭数にして、けい養した繁殖馬を最後まで面倒見たいですし、できれば生産馬も路頭に迷わない形にしたいです。

 ――牧場の一日は

 川越 夏場は朝4時に起きて朝のカイバを食べさせて、アブの少ない時間帯を見計らってパドック(柵が修理中で広い放牧地に出せないため)に出してその間、馬房掃除をします。厩舎に待機して馬を観察し、大丈夫そうなら人間が朝食を取り、アブがうるさいようなら厩舎に入れてから人間が朝食を取ります。その後は牧場の維持管理ですね。草刈りや牧柵点検、老朽化した厩舎の扉を直したりなど、もっぱら牧場整備をしています。馬の健康を維持するためには、環境整備も大事。トレセンのようにいろんな業者が入ってやってくれないので、全部自分でやらなければならないですし、なかなか預託馬を入れられず、今はお金が出ていくばっかりです(苦笑)。過去の自分は本当に恵まれた環境にいたことを痛感します。アブが少ない時は夕方も放牧して、馬房に戻してから夕方に乾草をあげて夜にも軽くカイバをやります。その時に水が汚れていないか、少なくなっていないか点検して、明日の気温や風向きもチェックして、扇風機が必要かそうではないかを判断したり、馬が夜、快適に寝られるように気を配ります。馬の顔を見るとこちらも安心して寝られます。(終わり)

 藤沢和雄調教師の話
「彼(川越氏)は馬に対して一生懸命だったし、馬が大好きで面倒見が良くて、とにかく愛馬心が強かった。重賞を何回も勝ってもらったけど、豊かな愛馬心と馬への優しさがあったからね。私も現役を引退した馬を騙馬にしてJRAで誘導馬にしてもらったり、乗馬クラブにお願いしたりしているが、やはり第2の人生を考えてあげるのは大切なこと。全部が繁殖や種馬になれるわけではない。大変だけど、動物の一生は長いようで短い。どうしてもペットではないから難しい面がある。我々も調教師だからとかではなく、競馬を文化として考えて、生産から一体となって(引退馬の支援に)取り組める仕組みができればと思っています。機会があれば彼の牧場にもお願いしたい。(運営資金の)寄付は常時受付中だって? もちろん、協力もしますよ(笑)」

※かわごえ・やすゆき
 1965年2月3日生まれ、北海道新冠町出身。新冠中学校卒業。小柄だったので競馬好きの父に勧められて騎手を志し、当時馬事公苑での騎手過程を受験するも不合格。その後、騎手を目指して明和牧場(当時ハイセイコーが種牡馬としてけい養)に就職したが、骨太で体調管理が難しいと判断して騎手を諦める。明和牧場で3年半務めてJRA競馬学校厩務員過程に入学。卒業後は久保田敏夫厩舎から中村貢厩舎。中村調教師の死去に伴う解散により藤沢和雄厩舎に所属した。

 主な担当馬はゼンノロブロイ、ゼンノエルシド、マチカネキンノホシ、ウインラディウス、フライングアップルなど。ゼンノロブロイで英GⅠインターナショナルSに遠征した際、ベストターンドアウト賞を海外のGⅠレースでは日本人として初めて受賞。最後に所属した二本柳俊一厩舎でキリシマノホシと出会う。11年3月に退職。その後はグルーミング(馬の手入れ)インストラクターとして、グルーミング教室や個別グルーミング、出張グルーミング等で活躍した。