【思い出のGIレース=2011(平成23)年「有馬記念」】“新旧交代”を告げた激戦の舞台裏

2019年12月16日 21時33分

2着エイシンフラッシュ(中)とわずか0秒1差でも、レース内容は“完勝”だったオルフェーヴル(2011年の有馬記念)

 オルフェーヴルの有馬記念といえば、普通は引退レースとなった2013年を挙げるだろう。2着のウインバリアシオンを8馬身もちぎってしまったレースだが、トレセン回りをしている記者にとって「やっぱり強いな」とは思ったものの、それ以上の感慨はなし。それはオルフェーヴルの状態がベストではなく、ピークでもなかったからかもしれない。

 池江調教師も「確かに特別にいい状態でなかったけどね。能力が抜けていたので、あのような結果になったけど」と言っているくらいなのだから、記者の個人的な見解だけではないはず。

 やはりオルフェーヴルのピークは4歳秋の10月。勝ったと思った凱旋門賞と信じて疑わない。あのときのオルフェーヴルは画面越しに見ても興奮してしまうほどのすさまじい馬体。勝利を信じて疑わなかった(残念ながら2着に負けてしまったが…)。

 クラシック3冠を制し、日本競馬の頂点を目指した2011年有馬記念は、名牝ブエナビスタとの初対決に注目が集まった一戦。このときも記者はオルフェーヴルの勝利を信じて疑わなかった。

 ブエナビスタが素晴らしい馬で、素晴らしい成績を残してきたことを十二分に認めたうえで、オルフェーヴルのほうが上と判断した材料はブエナビスタの前走・ジャパンC。クビ差2着だったトーセンジョーダンはオルフェーヴルと同じ池江厩舎の管理馬だった。

「自分のところの管理馬なので能力の序列は付いているし、2頭の間にどれくらいの差があるのかもわかる。ブエナビスタのピークはすでに過ぎてしまったのではないか、とあのレースを見て思った」とトレーナー。成長期にあるオルフェーヴルならまず勝てる──。2着エイシンフラッシュとの差はわずか0秒1でも、その中身は“完勝”。新旧交代を告げた一戦は同馬のベストレースの一つと言えるのではないだろうか。

(大阪スポーツ本紙担当・松浪大樹)

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