【旭堂南鷹の競馬講談したい馬】阪神JFで思い出す1995年“阪神競馬場1年の出禁事件”――今年はクリスティ&ヤマカツマーメイドを応援だ!

2019年12月06日 20時59分

ヤマニンの勝負服を着て競馬講談を打つ筆者…直後、ガードマンに連れ去られて“阪神競馬場1年の出禁”に!

【旭堂南鷹の競馬講談したい馬】阪神3歳牝馬Sはその前身である阪神3歳Sの時代から大得意のGIだった。

 あの日(1995年12月3日)も天才娘ビワハイジが後の女帝エアグルーヴの猛追をしのぎ、鮮やかに逃げ切った。単勝、馬連で大儲けして、僕は意気揚々と阪神競馬場の3階テラスで払い戻しを受けた。2つに折ることのできない札束をポケットに押し込んで、西スタンドの一番端にあるトイレの一室に入る。もちろん札束を数えるというチンケなことのためではない。

 やおら大きなカバンから、浅見国一先生から頂戴した「水色、袖赤三本輪」ヤマニンの勝負服と酒井浩騎手からいただいた騎手ズボン、そして古小路重男さんにもらったヘルメットを取り出して着替える。

 まだ20代前半のあのころは体も締まっていて、勝負服も着ることができた。ムチを片手にトイレを出ると、オッズボードの裏にある入場門へ向けて一目散。帰路に就く人の足を止め、競馬講談「ヤマニングローバル物語」を打った。瞬く間に人の群れは二重、三重と膨らみ、「アンコール」の声が起こる。

 予想だにしなかった盛り上がりに気を良くして、「それではアンコールにお応えして武豊物語を…」と言った瞬間だった。体がフッと浮いた。両脇を屈強な男2人に抱えられ、前後も石橋凌よろしくロングコートを羽織った男に囲まれている。そこから100メートルほど、僕は空中浮遊したまま移動した。

 インフォメーション裏のガードマン詰め所、そのまだ奥に部屋がある。この場所を知っている競馬芸人は、おそらく僕だけだろう。そこで1時間半こっぴどく叱られてから、僕は競馬関連施設立ち入り禁止の通達を受けた(禁止は1年後に解かれる)。

 そんな迷惑をかけた阪神競馬場が70周年を迎え、その記念イベントの一つで司会をさせてもらった。なんと寛容なのだ、阪神競馬場。子供のころから通った場所でもあるし、阪神は大好きな場所だ。

 今週はこじつけ馬券を買いたい。あの日勝ったビワハイジは浜田厩舎。ハイジは桜花賞で敗れたが、その数年後にファレノプシスが桜花賞を勝って浜田厩舎としてハイジの敵を討った。そのファレノプシスの弟がキズナ。ここはキズナ産駒のクリスティ。そして武豊が乗るヤマカツマーメイドを、僕個人の阪神競馬場70周年の思い出として応援しよう。

【プロフィル】きょくどう・なんおう 講談師。マイケル・ジャクソンの自伝を読んで講談師の道を決意。演目は競馬、MJの他に「五代友厚」をシリーズ化。毎週日曜7時~ラジオ関西「旭堂南鷹の今昔なにわ物語」出演中。夢はグラミー賞朗読部門。