【思い出のGIレース=2006(平成18)年「阪神JF」】“生まれた年が悪かった”最強牝馬世代の激戦

2019年12月03日 21時31分

あと一歩のところで外からウオッカ(2番)に差されたアストンマーチャン(左=2006年阪神JF)

「四位が乗っとるあの馬は強いで」

 S紙のベテラン記者のこんな言葉には耳も貸さなかった。たとえ牡馬相手とはいえ、500万下で負けているような馬だ。それに引きかえ、こっちの◎アストンマーチャンはファンタジーSで後続をぶっちぎってレコード勝ちしている。

 2006年の阪神ジュベナイルフィリーズはアストンマーチャンで堅い。そう確信していた。実際、当日の単勝オッズも1・6倍と、2番人気のルミナスハーバー(8・9倍)を大きく引き離していた。ほとんどの人がアストンマーチャンの快走Vを期待していたはずだ。

 直線、内から脚を伸ばして先頭に立ったアストンマーチャン。

「よし、決まった」

 そう思った直後、外から黄色い勝負服がグイグイ迫ってきた。それが、あのベテラン記者が「強い」と言っていたウオッカだった。粘るアストンに外から一完歩ごとに差を詰めるウオッカ。ゴールの瞬間は外のウオッカが完全に出ていた。

 この時、ウオッカは4番人気(11・8倍)。まだ、その恐るべきポテンシャルには記者も含めて気づいていなかった人が多かった。それでも、半年後に64年ぶりにダービーを勝つような歴史的な牝馬を見抜けなかったことに己の見る目のなさを実感し、それを看破したベテラン記者の目にうなった。

「生まれた年が悪かった」

 アストンマーチャンを担当していた上田助手からは何度もこんな言葉を聞いた。04年生まれのこの世代にはウオッカだけではなく、ダイワスカーレットという名牝もいた。まさに最強牝馬世代だった。

 その後、桜花賞で7着に敗れた後は、短距離路線に舵を切ったアストンマーチャン。3歳牝馬の身で古馬相手にスプリンターズSを勝ち、この馬も最強世代の一角だったことを証明した。上田さんは「あのウオッカとクビ差の競馬をした馬だからね」と阪神JFの激闘を振り返り、胸を張った。

 スリープレスナイト、エイジアンウインズ、ベッラレイア…ほかにも“タレント”が多数いた04年生まれの最強牝馬世代だが、あの阪神JFがすべての始まりだった。記者にとってウオッカ、ダイワスカーレットに続く3番手はアストンマーチャンで揺るぎない。

(大阪スポーツ・栗東の坂路野郎・高岡功)