ディープインパクト 国内唯一敗戦「2005年有馬記念」の謎

2019年08月01日 21時33分

ディープインパクト(右)が2着に敗れた05年の有馬記念

 日本競馬史に残る名馬ディープインパクトが30日、この世を去った。

 ディープインパクトが国内で敗れた唯一のレースが2005年有馬記念。ハーツクライを先行策に転じさせたルメールの好騎乗が称賛される一戦だが、レース後の武豊が「今回は飛ばなかった。普通に走ってしまった」と語っているように、ディープ自身にも飛べない“何か”があった。

 週末のレースを予定する池江泰郎厩舎の管理馬の本追い切りは通常水曜で、木曜にズレ込むことは考えられなかった。それだけに「ディープの追い切りが木曜になりそう」との話が回ってきた火曜、トレセンにいた記者たちは騒然とした。

「状態に問題があるんじゃないか?」。1週前追い切りにもいつもの切れがなかったことが、噂に拍車をかけたと記憶している。結局、陣営の説明は「天候を考慮してのもの」で通常通りの水曜追いが行われたわけだが、いつもよりもセーブ気味の時計(それでもDWで83秒台だったが)に疑惑は残った。

 最大の誤算はレース前々日の金曜だろう。本来、坂路で最終調整をするのがパターンだが、この日は大雪の影響で多くのコースが閉鎖に。ダートのEコースでの調整を余儀なくされたことにより、折り合いを欠くような形で持っていかれてしまう。この日、トレセンで同馬を見た記者は「意欲満点」「ヤル気十分」と書きながら、ディープインパクトが飛ばない“もうひとつのシナリオ”も書き始めていたはずだ。

 なぜ、飛ばなかったのか? その真相はハッキリしないが、あの一戦を“力負け”と考えている記者は少なかった。これだけは事実だ。