武豊 ディープインパクト追悼「世界最強でした。彼の子で凱旋門賞を勝ちたい」

2019年08月01日 21時32分

06年有馬記念レース後に行われたディープインパクトの引退セレモニー

 不世出の名馬ディープインパクト死す――。シンボリルドルフに続く史上2頭目の無敗の3冠馬となり、GI・7勝を挙げた日本競馬界の至宝が30日午前6時40分に、けい養先の社台スタリオンステーション(北海道安平町)でその生涯に幕を閉じた。17歳だった。以前から痛みのあった頸部の手術を28日に受けたが、29日午前に起立不能となり、翌30日早朝に頸椎の骨折が判明し安楽死の処置が取られた。現役時代は空を飛ぶような走りで通算14戦12勝を挙げ、さらに種牡馬入りしてからも38頭ものGI馬(51勝)を輩出。日本競馬界を根幹から支えた名馬に対し、全戦に騎乗した名手・武豊(50)は31日朝、栗東トレセンでその早すぎる死を惜しんだ。

 ――ディープインパクトが亡くなって一夜明けましたが、改めて心境を

 武豊:もちろん、残念な気持ちが大きいですけど、昨日いろいろな報道がされているのを僕も見て、改めて偉大な馬だと思いました。

 ――その死を知った時の状況は

 武豊:かなり体調が悪いということは前日に関係者からうかがっていて、“難しいかも”とも聞いていました。その関係者から昨日電話があったので“嫌だな”と思いました。なんとか無事でいてほしいと祈っていたのですが。

 ――当日は北海道にいた

 武豊:たまたま月曜に社台スタリオンのすぐ近くにいたので、“行ける状況ですか”と聞いたのですが、(牧場関係者からは)難しいということでした。元気になればまた会えると思っていました。

 ――亡くなったと聞いた時の気持ちは

 武豊:非常に残念でした。現役を引退した時も最強のままターフを去りましたし、種牡馬としても最強のまま突然終わりを迎えてしまった。現役を引退した時と同じような気持ちを抱きました。

 ――武豊騎手にとってディープはどんな馬だった

 武豊:ひと言では難しいですが、本当に特別な馬でヒーローみたいな存在でした。いつかこういう馬が現れて、その馬とともにレースに出走できればと思っていました。ともに同じ時間を過ごすことができて幸せでした。

 ――初めて乗った時の感触は

 武豊:デビュー戦の1週前の稽古に初めて乗ったんですが、あまりの走りのすごさに驚いたのを覚えています。レース前からすごい馬と分かっていましたが、実際にデビュー戦で乗ってそれが確信に変わりましたね。すごい馬と出会えたと。

 ――そのすごい走りを「飛ぶようだ」と表現した。

 武豊:昨日、いろんな報道の特集を映像で見て、それぞれのレースでの当時の自分の感触を思い出していました。言葉に表すのは難しいですけど、とにかくすごい乗り味でした。

 ――思い出すレースは

 武豊:一つ一つのレースに大事なテーマがあったり、思いがあったりしたので一つだけというのは難しいですが、一番ディープらしい走りだったのは最後の有馬記念ですね。2年間主戦をやってきて、やっと手の内に入れたという思いもありました。一つ言えることはあの当時、世界一強い馬だったということ。僕も含めて多くの人がそう思っていたんじゃないですか。

 ――ディープと戦って悔やまれることは

 武豊:ありますよ。凱旋門賞ですね。世界一強い馬と言っていたし、勝たないといけない馬と思っていましたから。勝てなかった時は、とても大きな悔しさがありました。

 ――ディープの子に期待することは

 武豊:種牡馬としても、日本の、日本だけではなく競馬を変えたと思いますし、素晴らしかったですからね。まだたくさん子供は残されていますし、彼の遺伝子はこれからも受け継がれていくと思います。できれば彼の子供で凱旋門賞を勝ちたいですね。

 ――最後にディープにかける言葉があれば

 武豊:感謝しかないですからね。ありがとう、と言いたいですね。