【日本ダービー】平成元年V郷原元騎手が振り返るウィナーズサークルの「運」と「力」

2019年05月23日 21時34分

ゴール前での叩き合いを制して半馬身差でVを飾ったウィナーズサークル(左)

【日本ダービー(日曜=26日、東京芝2400メートル)】令和最初の年だからこそ、元年回帰――。2019年最大のビッグレース・第86回日本ダービーを前に、平成元年の第56回日本ダービーを改めて振り返った。勝ち馬はウィナーズサークル。鞍上は2度目のダービー制覇となった郷原洋行元調教師。この名ジョッキーの証言をもとに、元号変わりとなる令和元年のダービー勝ち馬を占った。

 私は現役騎手時代、オペックホースとウィナーズサークルで日本ダービーを2回、勝たせていただきました。

 オペックホースはダービーの直前にオーナーが亡くなられて弔い合戦という感じだったのが印象に残っており、ウィナーズサークルは下級条件時代からいろいろと教え込んでダービーを勝てたというのが思い出に残っています。

 後者ウィナーズサークルと最初にコンビを組んだのは同馬のデビュー2戦目。未勝利戦でした。直線を向いて十分勝てる手応えがあったのに前の馬をかわそうとしないで2着に負けてしまいました。素質は感じたけどこのままでは出世するのは難しいと感じ、管理する松山康久調教師に「どこを目標にしたい?」と聞きました。すると「ダービーを勝ちたい」という返事が返ってきました。

 下級条件ならいつでも勝てる馬だと感じましたが、ダービーを勝たせようと思えばただ力任せに勝ち上がっていってもダメ。教育しながら勝たせていこうと考え、実際にそう接するようにしました。

 とくに教え込んだのが我慢させて差す形でした。芝でもダートでも大負けすることがなく、徐々にいい形を覚えてくれました。ただ、なかなか前の馬をかわそうとしないという癖があったので勝ち切れず、2着続きで400万条件(当時)のまま3歳3月を迎えてしまいました。

 さすがにこれ以上、足踏みを続けてはダービーに出走すらできなくなるため、ここで一度逃げる競馬で勝ち上がりました。

 こうして2勝馬としてエントリーした皐月賞は抽選を突破しての出走。ここではまた抑える競馬をしました。結果、いい脚で2着に追い上げてくれ、ダービーの出走権を手にしました。

 皐月賞での追い上げてきた時の手応えからして、何とか勝負になると考えてダービーへ向かいました。

 当時、芝で未勝利の馬はダービーを勝てないとか、もっとひどいのになると芦毛馬は勝てないなどという話も出ていましたが、私はある程度、自信がありました。

 そして実際のレースは行くところ行くところ不思議と前が開いたということもありますが、未勝利戦を走っているのでは?と感じるくらい最後まで楽でした。

 ウィナーズサークルでのダービー制覇は厩舎の皆と団結して一頭の素質馬を教育した上でつかんだ栄冠でした。