“芦毛の怪物”オグリキャップの血が絶滅の危機

2019年03月14日 10時31分

牧場で元気に戯れるノーザンキャップ(手前)とクレイドルサイアー(写真提供=堀江佳世子)

 いよいよ終幕を迎える平成。その初頭に日本競馬界を震撼させたスーパーホースがいる。“芦毛の怪物”オグリキャップ。競馬ブームを日本中に巻き起こした。あれから約30年、オグリの直系の血がつながっていることをご存じだろうか。その1本の細い糸が今、途切れようとしている。優勝劣敗の世界に身を置くのが経済動物「サラブレッド」である以上、あらがえない運命なのか、それとも…。「オグリの血」の現状を緊急リポートする。

 北海道新ひだか町にある引退馬けい養牧場「クレイドルファーム」。3月某日、例年より早く雪解けの進む放牧地で、競うように駆ける父と子の姿があった。「オグリキャップ2世」ノーザンキャップ(セン27)と「3世」クレイドルサイアー(牡18)。この世に残された唯一にして最後のサイアーライン。クレイドルサイアーの交配の可能性が消えることは、オグリ直系の血が途絶えることを意味する。

 牧場を営むのは堀江佳世子さん(64)。開場以来20年、馬たちの生と死に向き合い、約50頭の馬を旅立たせてきた。ほぼ一人で行う管理運営に限界を感じながらも、「オグリの血を引く2頭の姿を励みに」牧場を継続している。

「平成の始まりから終わりまで繰り返し放映される、あの日の有馬記念。30年近くたった今でも、やっぱりオグリなんですね」

 激動の昭和が終わるころ、名馬オグリキャップは笠松競馬でデビュー。12戦10勝という成績を引っ提げ、1988年1月に中央競馬へ参戦した。時代は平成にかわり、世はバブル絶頂。そんな時勢に乗るようにオグリは躍動した。好景気を支えるサラリーマンは快進撃を続けるオグリを自分とダブらせ、夢を乗せた。

 90年12月、引退レースの中山競馬場には17万人の観衆が詰め掛けた。そこで“奇跡”が起きた。「衰えを隠せない現状ではさすがに…」と高をくくっていた馬券ファンを尻目にオグリは1着でゴール。馬上の若き天才ジョッキー武豊は「スタンドごと揺れていた」と回想している。

 堀江さんにとってオグリは人生の道しるべとなってくれた「恩馬」だ。92年、種牡馬生活2年目を迎えたオグリに会いに北海道へ行き、96年から3年間、オグリの傍らで暮らす機会を得た。この時、堀江さんは忘れられない光景を目にする。現役時代、オグリはゲート前で「頑張るぞ!」と武者震いしてレースに臨んだが、なんと種付け直前にも武者震いしていたのだ。

「“オグリの子は走らない”という逆風の中、自らを鼓舞して黙々と種付けをこなす姿に、ただただ胸がいっぱいになりました」

 オグリの初年度産駒は58頭。そのうちの1頭が95年にデビューしたノーザンキャップ(JRA3勝)だ。99年4月にクレイドルファームを開場した堀江さんは、同年引退したノーザンキャップを迎え入れた。同馬を前にして、自ら子孫を残そうと孤軍奮闘する父の姿が浮かび、「思い切って」ノーザンキャップを種牡馬登録した。

 2001年、念願の牡馬が誕生。サイアーライン継承を願ってクレイドルサイアーと名付けた。03年に道営でデビューしたが、急性蹄葉炎を発症して翌年に引退。ノーザンキャップもまた同年に種牡馬を引退した。

 オグリの後継種牡馬が空白となって10年たったある日、堀江さんを再び挑戦へと突き動かしたのは、オグリの厩務員を務めていた池江敏郎さん(享年72)との思い出だった。オグリ引退後、ひと時の交流を持った堀江さん。北へ旅立つ前、池江さんから「オグリさんのことをよろしくね」と腕時計を手渡された。それは有馬記念の後、「オグリとの思い出に」と購入した“池江さんの宝物”だった。ある日、その大切な時計が止まっていることに気付いた。

「オグリの血も止まるような気がして凍りつきました。日々の疲れに負け、なすべき大切なことに背を向けていた自分が本当に情けなかった」

 引退から10年、ついに種牡馬となったクレイドルサイアーは14年5月に牧場所有牝馬ミフユと交配。待望の牡馬が誕生したが、生後わずか1日半で他界(免疫不全)。その後、17年は不受胎、18年は交配に至らず、今年もまだ交配相手が見つかっていない。

 17年2月、NHKはオグリキャップを“仕事人”ととらえ、初めて人以外が主役の「プロフェッショナル」を放映した。

「ラストランの勝利は“奇跡”ではなく、オグリ自身が使命感を持ってレースに挑んだ結果だと改めて思いました。種付けにも武者震いして臨んだオグリ。(直系)産駒がいない現状ですが、遺伝子は必ず伝わると信じたいです」

 日本の競馬が失ってはならないものは何か? 日本人が心底求めているものは何なのか? あの光景が残した疑問符を「今こそJRAに届けたい」と堀江さんは言う。あの日、オグリの馬上にいた武豊、奇跡を目撃した競馬ファン、さらには一人でも多くの人たちへ、こんな問いかけをしたいと願う。

「あの日、ギャンブルという背景を見事に消し去った17万人のオグリコール。今も日本中に愛される唯一無二の馬の血を絶やしても、本当にいいのでしょうか?」

 残された時間はわずか。交配相手が現れることを祈りながら、今日も堀江さんは牧場へと向かう。

★武豊騎手「オグリキャップはスーパースターでしたから、ずっとつないできたその血が途絶えようとしているのは寂しいですし、何とか…って思いはあります。それも競馬の魅力の一つですから。良血が全部走るかといえば分からないし、オグリのような血統でも走るのが競馬でもありますから」

★オグリキャップ=1985~2010年。父ダンシングキャップ、母ホワイトナルビー。決して良血とは言えない血統背景ながらも、地方競馬デビューから中央のトップホースに上り詰め、同じく地方出身だったハイセイコーに続く第2次競馬ブームの立役者となった。通算成績は32戦22勝(中央20戦12勝、地方12戦10勝)。ラストランとなった90年の有馬記念「奇跡の復活V」は、17万人の“オグリコール”とともに、伝説として語り継がれている。