【今週ラストウイーク小島太調教師独占告白=後編】イーグルカフェの43戦連続重賞出走はJRA表彰されるべき

2018年02月22日 22時01分

JCダートをイーグルカフェで優勝し、デットーリ(右)と喜びを爆発させた小島師

 調教師として残された時間はわずか。この2月いっぱいで定年引退となる小島太調教師(70)は“トレーナー人生”も雄弁に語った。そして長く籍を置いたJRAやファンに対して提言も…。1966年の騎手デビューに始まったキャリアには、とりあえずピリオドが打たれるが、そのホースマン人生は立場を変えてこれからも続いていく。

 調教師生活は足かけ22年――。“前編”では「最悪だった」と語ったキャリアだが、それは多くの人と交わって管理する難しさから出た言葉。トレーナーとしても華があった。中でもハイライトは騎手時代には縁がなかった菊花賞、有馬記念、天皇賞・春を制したマンハッタンカフェ(12戦6勝)だ。「(主戦)蛯名(騎手)の力も、ものすごく大きかった」ということを差し引いても“最強馬”という点では異論はないはずだ。

 しかし「最も感謝している馬」は開業4年目の2000年に初重賞(GIII共同通信杯)、初GI(NHKマイルC)をもたらしたイーグルカフェだそうだ。「芝で走ったうえ、JCダート(02年)も勝ってくれた。しかも親友でもあり地球上で最も素晴らしい騎手であるフランキー(デットーリ)で勝てた喜びは忘れようがない。しかも7歳で引退するまでずっと第一線で頑張ってくれた。JRAはこういう馬こそ表彰すべきだと思うんだ」

 JRA連続重賞出走記録といえば今はヒットザターゲット。18日のGIII小倉大賞典で数字を“40”に伸ばしたが、イーグルカフェはこの上を行く。2度の海外遠征(GIIドバイデューティフリー=9着、GIIドラール賞=3着)、交流GI南部杯4着を含めれば3歳時のGIII京成杯2着から「43」戦連続で重賞の大舞台に立ち続けた。ハイレベルの実績を残しつつ“無事是名馬”を体現した同馬は、ホースマンとしての結晶ともいえる。

 ダービーの模様を伝えるニュース映画に感銘を受け、押し入れで競馬雑誌を読みふけった幼少期、草競馬に参戦して夏休みは道営競馬(現ホッカイドウ競馬)で競走馬の調教をつけたという少年期のエピソードは、競馬ファンなら一度は耳にしたことがあろう。生涯を共に歩むことになる馬との最初の接点は4歳の時だった。

「自分があげた燕麦(えんばく)をペロリと平らげてくれたんだ。それが何ともかわいくてな。いっぺんで夢中になってしまった」

 父・竹次郎氏が生業として馬を扱っていたという恵まれた環境が、ホースマン・小島太の出発点。そして今、その視線は現在の競馬を取り巻く環境へ向いている。「JRAの売り上げは持ち直しているし、数字上は“競馬ファン”は増えているかもしれない。でも本当のファンはむしろ減っているんじゃないか? 昔は全国に地方競馬場があったがだいぶ潰れて当時に比べるとナマで競馬に接する機会は減っている。自然の中で馬と人が死力を振り絞る競馬こそが、すべてのレースの中で最も素晴らしい。その魅力をたくさんの人に知ってもらいたいんだ」

 3月1日から公式な肩書はなくなる。「東スポでは雇ってくれないようだからな。タウンページでも開いて職探しでもするさ」という冗談はさておき「馬からまったく離れるということはない」。馬を愛し、馬に愛されたホースマン人生に終わりはない。

☆こじま・ふとし=1947年4月11日、北海道小清水町生まれ。66年に騎手免許を取得し、JRA通算8474戦1024勝(重賞は84勝)。96年2月に騎手を引退。同年に調教師免許を取得し、翌年3月に厩舎を開業。JRA通算5683戦475勝(重賞は24勝=18日終了現在)。