【魔法のムチ「武邦彦の真実」3】ロングエースでダービー初勝利!「弱さを知ることが勝利の鉄則」と学ぶ

2016年08月12日 16時28分

【連載3:魔法のムチ「武邦彦の真実」】昭和40年代前半から中盤の競馬は今に比べると本当に静かだった。スポーツマスコミもそれほど記事として取り上げていなかったように思う。

 だから僕が数を勝ちながら八大競走(注1)を勝てないことに対し「競馬界の七不思議」なんて言われたことも、そんな雰囲気だったから特に焦りはなかった。それに今ではGⅠが20個以上もあるけど当時はたった8つ。そうそう勝てるもんじゃないし、まあチャンスはいずれやってくるだろう、という気分だったよ。

 で、昭和47(1972)年にそれがやってきた。まず5月にアチーブスターで桜花賞を勝ったんだけど、あの馬は本来僕が乗る馬じゃなかった。というのも、主戦だった田之上騎手がまだ見習いでクラシックに乗れなかった。たまたま巡ってきたチャンスだったけど自分の馬だけ内枠で、有力どころは皆外。枠順表を手にした瞬間勝てる、と確信したよ。だから嫁さんに「きっと勝つからな」って宣言して家を出たんだ。

 その1週後にロングエースで皐月賞へと向かった。無敗の5連勝馬で、「楽に勝てるやろ」が周囲のムードだった。当然1番人気。でも僕自身は迷いながらの出走だった。

 ロングは負けていない弱さがあった。皐月賞までに一つでも黒星を喫していればそこで見えるものがある。課題が見つかる。でも無敗だったゆえにどこに弱さがあるのかがわからなかった。負ける時のパターンを見いだせずに皐月賞を迎えた。

 悪いことに、そんな迷いがレースで馬に伝わってしまった。スタートしてハミをガッチリかんでそのまま折り合いを欠いてしまった。結果はランドプリンスの3着——。

 弱さを知ること。何かにチャレンジする際、自分の中に抱える弱い部分を把握する。それがいかに大事かを痛感した皐月賞だった。

 だからダービーは逆に自信満々だった。課題は折り合い面。それさえ注意して乗れば勝てる確信があった。レースはタイテエム、ランドプリンスを見ながら、この2頭よりワンテンポ仕掛けを遅らせてスパートした。今でも当時のビデオを見る時があるんだけど、完璧な騎乗。会心の勝利だったね。

 あの時はレース前に仲のいい厩務員さんが「邦さん、ダービーはどれほどの自信がある」って聞いてきたんだ。それで「間違いなく勝つよ。だからトヨペットクラウン(注2)、あげるよ」って答えた。

 勝った後は本当にその厩務員さんにクラウンをプレゼントしたよ。

 ちなみにこのダービーウイークには、もう一頭の名馬と出会うことになる。馬の名はタケホープ。次の年ハイセイコーのライバルになる馬だ。

※注1=当時は3歳馬のクラシック5競走(桜花賞、オークス、皐月賞、ダービー、菊花賞)に、古馬の天皇賞(春、秋)、有馬記念を加えた8競走のみが現在のGⅠ級の扱いを受けていた。

※注2=トヨタ自動車を代表する車種。「いつかはクラウン」。一般庶民にとってはこんなキャッチコピーに象徴される、あこがれの車だった。ロングエースの時代はダービー勝利騎手への副賞としてトヨタ車が贈られていた。