【魔法のムチ「武邦彦の真実」2】現代競馬との大きな違い——30頭ぐらいのレースは横2列で発走

2016年08月12日 16時29分

【連載2:魔法のムチ「武邦彦の真実」】今の競馬は馬場が広くなったせいか、スタートで出遅れてもみんなへっちゃら。長い直線で取り戻せるからだと思うけど、スタートでの緊張感があまり伝わってこない。僕がデビューした昭和32(1957)年はまだバリヤー式発走(注1)だった。

 ゲートで各馬が仕切られているのではなく、ロープの後ろに全馬が待機。30頭ぐらい出走するレースでは1列ではなく、2列に並んでのスタートだった。だから、各騎手はいい位置を取ろうと必死の駆け引きをする。

「お前、わかってるやろな」なんて先輩から言われることもたびたびあった。今の騎手は直線だけ競馬をしている感じだけど、僕らの時代は発走の前から競馬が始まっていたんだ。このバリヤーのおかげで徹底的に駆け引きとスタートの重要さを叩き込まれたよ。

 当時、僕は身長が172センチ。小柄な人が多い騎手の中ではかなり背が高い方だった。「そんな大きな体で馬に乗れんのか」。ファンにもよくヤジられた。ただ、そんなことより苦しかったのは減量。普段57キロある体重をレース時には47〜48キロまで絞る。高度経済成長で日本の景気はかなり良くなり、みんなが飯を食えるようになった時代の中で僕だけは空腹の毎日。でも、そのつらさを埋めてくれるものを見つけた。

 ビールだよ。飲んでもそれほど太らないし、世界中探してもこんなにおいしいものはないと思った。減量のつらさも、ビールのウマさでいつしか忘れられるようになった。

 ちなみにビールじゃないけど、特急こだま(注2)のビュッフェで、東京から京都までの間、ブンヤさんと2人で延々と飲み続けたことがある。(車内販売用の)ウイスキーの小瓶を100本くらい窓際に並べたかな。店員さんに「もうありません」って言われるまで、車内にあるすべてのウイスキーを飲み干したよ(笑い)。

 体が大きかったこともあって、馬には負担をかけたくない。そんな気持ちが強かった。当時は直線でビシビシとムチを入れて追う人ばかり。そんな姿を見ながら、ずっと感じることがあった。人の力が馬に勝てるわけがない。むしろ馬の動きを邪魔せずに騎乗する。自分が主役じゃなくて、競走馬が主役だからね。岡部(幸雄元騎手)が「馬優先主義」を広めたけど、あの言葉は素晴らしいと思う。デビューしてから引退までその気持ちを持って騎乗した。でも昭和47(1972)年の皐月賞、あの時はロングエースに申し訳ないことをした…。

※注1=「バリヤー式発走」とは発馬線に並んだ馬の胸前にフック付きのロープを張り、発馬担当者のレバー操作でそのフックをはね上げスタートの合図とする方法。日本では1926年に導入され60年代前半まで使用された。

※注2=「特急こだま」とは東京と大阪、神戸を結ぶ国鉄初の電車による特別急行列車。1958年に運行を開始。運行当初は東京—大阪間を7時間弱で結んだ。東海道新幹線の開業に伴い64年に廃止。