「追悼再録」武豊の父・邦彦さんが明かす時代の苦悩と秘策

2016年08月12日 16時40分

 武邦彦元調教師(71)は通りがいいのは“JRAの天才・武豊の父”だが、オールドファンなら知らぬ人はいない往年の名ジョッキーだ。騎手→調教師と競馬の歴史とともに戦ってきた「ターフの魔術師」が馬と人のすべて、あの日あの時の自らの決断を振り返る。題して「魔法のムチ〜武邦彦の真実」。

 

【1】新人が何十勝もできる時代じゃなかった

【2】現代競馬との大きな違い——30頭ぐらいのレースは横2列で発走

【3】ロングエースでダービー初勝利!「弱さを知ることが勝利の鉄則」と学ぶ

【4】「タケホープが勝つ」宣言!ハイセイコーの強さから弱点発見

【5】菊花賞の翌日から電話殺到!ハイセイコー党からの怒りの嵐に僕は…

【6】えらいことになった74年「皐月賞」無敗キタノカチドキに「三重苦」

【7】キタノカチドキ「最悪のダービー」恐怖で百恵どころではなかった

【8】キタノカチドキ悪癖との闘い——ジョッキー人生を懸けた「菊花賞」

【9】トウショウボーイとの出会い——どんな馬にも負けないだろう…

【10】天馬トウショウボーイの宿敵——マークするのはテンポイント一頭

【11】テンポイントと世紀の一戦——負けたがなぜかすがすがしい

【12】豊が競馬学校に入学!古い時代の僕は引退を決意

【13】オグリキャップ1990年「有馬記念」豊が一度だけ助けを求めてきた

【14】マイナスからの調教師人生——バンブーメモリーが僕を救ってくれた

【最終回】競馬人生57年で悟ったこと——悪い時代の後には必ずいい時代

 

☆たけ・くにひこ=1938年10月20日生まれ。北海道函館市出身。1960〜80年代にかけて騎手として活躍。キタノカチドキ(74年皐月賞、菊花賞)、トウショウボーイ(76年有馬記念、77年宝塚記念)などで数々のGⅠを制覇した。「ターフの魔術師」の異名を取り、85年2月の引退までに通算1163勝をマークした。85年に調教師免許を取得し、87年に厩舎を開業。バンブーメモリー(89年安田記念、90年スプリンターズS)、メジロベイリー(2000年朝日杯3歳S)でGⅠを3勝(通算重賞勝利18)。09年2月の調教師引退後は解説者をはじめ、多方面で活躍した。三男・武豊、四男・武幸四郎はともにJRA騎手。