【米GⅠケンタッキーダービー】ラニで挑む熊本出身・松永幹調教師が明かす故郷への思いとメッセージ

2016年04月30日 20時00分

ラニでケンタッキーダービーに挑む松永幹夫調教師

 競馬の米国クラシック3冠の初戦にして、米競馬の最高峰といわれる注目の一戦、GIケンタッキーダービー(5月7日=チャーチルダウンズ競馬場・ダート2000メートル)。今年は3月にドバイで行われたGII・UAEダービーを勝ったラニ(牡3)が、日本調教馬として21年ぶりに同レースへ挑戦する。デビューから海外勝利、そして現在に至るまでの過程、さらに世界最高峰レースに対する思い、馬の愛すべきキャラクターとその血統背景を管理者・松永幹夫調教師(49)が、語り尽くす。松永師は震災に見舞われた熊本県の出身。故郷への思いとメッセージもお届けする(聞き手・松浪大樹)。

 ──大一番のケンタッキーダービーが目前に迫っています。まずは前走のUAEダービーに遠征する過程を

 松永幹調教師(以下=松永):前田幸治オーナーは常に世界競馬への挑戦を意識されている方で、当初からUAEダービー→ケンタッキーダービーの参戦を希望されていました。話が現実味を帯びてきたのは、昨秋の東京(カトレア賞)で2勝目をマークしてから。本当は年末の交流GI全日本2歳優駿(川崎・ダート1600メートル)で高いレーティングを獲得し、UAEダービーへの出走を決めるつもりだったんです。ですが、残念ながらそのレースで除外になってしまった。

 ──3歳ダートのオープンクラスは適当な番組がない。ヒヤシンスSが“必勝”のレースになってしまいました

 松永:悪くても2着なら選ばれるかな…くらいの気持ちでいたんですが、甘くなかった。5着に敗れた時点で「ああ、終わった」と一度はあきらめました。

 ──なかなか招待が決まりませんでした。それでも在厩を選んだのはどうしてか

 松永:「もしかしたら招待状が来るかも」という気持ちが半分。ダメなら3月の中山(オープン・伏竜S)に行けばいいと考えていました。でも、ヒヤシンスSの5着でUAEダービーに出走できるレーティングがもらえた。

 ──あの5着が実は大きかった

 松永:あれが6着なら出走できなかっただろうし、今回の挑戦もありませんでしたからね。

 ──で、偉業達成となったUAEダービー。このレースを勝った初めての日本馬となりました

 松永:今年はチャンスかな、と戦前から思っていました。メンバー的にもそうだし、頭数が7頭と少なかったのも、この馬には大きかったと思います。

 ——メンバーに恵まれたとの声もあります

 松永:否定はできないけど、それでも2着の牝馬(ポーラーリバー)は強かったと思うし、(武)豊がそこを意識して上手に乗ってくれましたね。

 ──スタートでつまずき、最後方からの競馬

 松永:一瞬はヒヤッとしたけど、いつものパターンだな…くらいに思って見てました。ただヒヤシンスSのときも前走もそうなんですが、コーナーを回ってからも、しばらくは左手前のままなんです。それを右手前に替えて、ようやくジリジリと伸びてくる。

 ──確かに直線入り口では少しモタモタしていました

 松永:その部分が上手になってくれれば、エンジンのかかりも速くなると思うんですけどね。

UAEダービーを勝ったラニ(ロイター)

 ──しかし、結果を必要とするレースを勝ったことは大きい。馬も成長している?

 松永:デビュー前は走ることにまるで集中できていなかった。ちょっとずつだけど、走ることへの前向きさは出てきました。基本的な性格は相変わらずなんですけどね(苦笑)。

 ──現地米国での様子は

 松永:周囲に馬がいると興奮して、馬っ気が強くなるのは日本にいるときと同じ。とにかく他馬に迷惑をかけないようにしています。環境の変化に対する戸惑いはないですね。1頭でも動じないというか、この馬は1頭のほうが落ち着いていられる。

 ──帯同馬を付ける必要がない

 松永:輸送も負担にならないし、そういう意味では海外遠征向きの馬なのかもしれません。

 ──現在も1頭で調整している?

 松永:そうです。でも、レースが近づくにつれて、周囲に人が増えてきたと。厩舎の近くでテントを張っている人もいるとか。米国では馬よりも人が優先らしいです(笑い)。

 ──すでに現地の盛り上がりはすごい

 松永:レース直前は1泊10万円とかの法外な値段になるのに、それでもルイヴィル周辺のホテルには宿泊できない。僕らでも…車で40分くらいだったかな。結構な距離のところから競馬場へと通うんですよ。

 ──日本調教馬のケンタッキーダービー挑戦は、森厩舎のスキーキャプテン(1995年=14着)以来

 松永:当時も鞍上は武豊! 年齢はいったけど、その分の味も彼には出ているから(笑い)。その手腕にも期待しています。

 ──ケンタッキーダービーへの挑戦はそれだけハードルが高いということですね

 松永:開業したときには考えもしなかったレースですね。日本ダービーにも管理馬を出走させたことがないのに、いきなりケンタッキーダービーなんて…という気持ちも実はあるんです。これほどの経験はなかなか得られませんし、前田オーナーには心から感謝しています。

 ──ということは今回が初のダービー挑戦か

 松永:いえ、前走のUAEダービーがダービー初参戦ですね。なのでダービーは1戦1勝。いまのところはですけど(笑い)。

 ──海外のダービーにしか出走させていない珍しい調教師になっているわけですね(笑い)。これまでにケンタッキーダービーを観戦したことは

 松永:実際に見たことはありませんが、レースが行われるチャーチルダウンズには、レッドディザイア(2010年ブリーダーズカップ・フィリー&メアターフ=4着)で挑戦したことがあります。

 ──競馬のイメージは持っているわけですね

 松永:どんな競馬場なのかは理解しているつもりですが、その一方で「あそこに20万人もお客さんが入るのだろうか。すごいなあ」とも。ご存じですか? ケンタッキーダービーはあらゆるスポーツの中で「最も偉大な2分間」と言われているそうですよ。それほどの認知度を誇るレースに、管理馬を出走させられることを誇りに思います。

 ──多くのジャンルの最強馬が集まるブリーダーズカップとは、また違う雰囲気のレースといえそうですね

 松永:当日は馬主、調教師といった関係者が、出走馬と一緒に歩いて入場するそうです。厩舎は向正面にあるので、結構な距離ですよね。女性の方はヒールを履いているじゃないですか。でも、(馬場を)歩くときだけは(歩きやすい靴に)履き替えて。出走馬のオーナーには観戦ボックスが用意されていて、そこに18人まで入れると聞いています。だから18人までは一緒に歩けるのかな。

 ——それだけでも相当な名誉

 松永:歩けるかどうかわからないけどね、あの馬は。他馬を見たら興奮してしまうし。だからラニの周りを人間でガードして、他馬を見えないようにしてしまおうかと。いまの一番の心配が実はそれ(笑い)。

 ──そこからパドックへと向かってくる。日本の競馬では考えられない光景です

 松永:パドックの目の前に装鞍所がある。そこで鞍を置いたら、声がかかるんですよ。それもまた有名らしくて。でも、パドックに入ってからも大変だと思います。狭いじゃないですか。あそこに20頭も入るのか、ラニは大丈夫かなあ…とか。

 ──日本でも他馬とは距離を置いて歩いている馬です

 松永:ドバイではパドックに入れてもらえませんでした(苦笑い)。豊は「1周くらいは回ろうよ」と言ったんです。でも、主催者から「クレイジーホース。危ないから早く行け」と。すでに米国でもそう言われているようだし、どうなるのかな。でも、やっぱりパドックを回ってこそだと思うし、今回は周回したいと思っています。

 ──ケンタッキーダービーは少頭数にならない。前走よりも難しい競馬になりそうですが

 松永:20頭にはなるでしょうし、最初のコーナーでゴチャつきますからね。それに米国のダートって砂じゃなくて土の塊。キックバックがすごいんですよ。後ろから行く馬だし、そういうことで消耗しなければいいな、と。

 ──UAEダービーの経験が生きるのでは

 松永:あのレースでは(武)豊が向正面でうまく外へと出し、そうならないように誘導してくれているんです。今回はどうかな。

 ──スパイク鉄に関しては

 松永:前走は使用しませんでしたが、今回は使うつもりでいます。実はね、森厩舎の2頭(ユウチェンジ=3着、オンザロックス=5着)がUAEダービーでスパイクを履いていたんです。かなり頑張っていたじゃないですか? あれを見て「やっぱり効果はあるのかな、試そうかな」と。後ろだけしか使用しないので、そこまでのダメージもないはずですし。

 ──ライバルはどうですか? フロリダダービーは無敗馬ナイクイストが勝ちました

 松永:どれほどの強さかは映像を見ても想像がつかない。でも、強いのは強いでしょう。負けてないんだから。

 ──今後のこともイメージしている

 松永:好勝負をするようなら(2冠目の)プリークネスS(5月21日=ピムリコ競馬場・ダート1900メートル)に行くと思いますが、中1週の日程は厳しいかな、という気持ちもあります。場所も遠いですしね。(3冠馬になった)昨年のアメリカンファラオは空輸だったという話も聞きました。

 ──3冠最終戦のベルモントS(6月11日=ベルモント競馬場・ダート2400メートル)はラニに最も合いそうなレース

 松永:そう。頭数も多くなりませんし、コースも広い。距離も問題ないでしょうし、そこはぜひとも使いたいと思っています。でも、今回の遠征と同様に前田オーナーがプランをしっかりと持っていらっしゃる。ですからレース選択に関しての心配はしていないんです。

 ──騎手時代に乗っていたヘヴンリーロマンスの子で米国の3冠に挑むことになった

 松永:なんとも言えない気持ちですね。現役時代は自分が乗っていたし、よく知っている馬だから。

 ──母は芝のGI天皇賞(秋)を制している馬ですが、兄姉のアウォーディーにアムールブリエもダートの重賞を制覇。これもまた珍しい

 松永:米国に渡ってから産駒が走り出したのも面白いですよね。2年連続でキングカメハメハ、その次はフレンチデピュティとレベルの高い種牡馬を配合していたのに、ですよ。

 ──米国の水がよほど合ったのでしょう。ラニの父タピットは米国で大人気の種牡馬。デビュー時から「結果を残すようなら海外遠征に」との話をされてました

 松永:現在の種付け料は30万ドル(約3300万円)だったかな。それでも抽選で当たらないと付けることができないほどの大種牡馬です。今回のケンタッキーダービーにもタピットの子が3頭くらい出走すると聞きましたが、これってすごくないですか? 

 ──日本のディープインパクトに似た感覚でしょうが、日本と米国では生産頭数が違う。同列にはできないですね

 松永:日本とは裾野も違いますし。3万分の20に3頭ですよ。昨年のセレクトセールでもタピットの子(シャンパンドーロ14=フォギーナイト)は高値(2億3000万円)で購買されていましたが、米国ではあの金額が当たり前。ちなみ今年は(種付け権利が)抽選で当たったそうです。(ヘヴンリーロマンスに)種付けすると聞いています。

 ──これだけのレースに日本馬が出走することは少ない。世紀の1戦に向け、ファンへのメッセージを

 松永:できればライブ映像でレースを見てもらいたいけど、米国のレースは放映権が高いらしいから(苦笑い)。VTRでも応援してもらえたらうれしいですね。パドック映像を見て「ああ、また暴れているわ」とかね。

 ──最後になりますが、松永調教師は熊本の出身。今回の熊本地震についてうかがいます

 松永:熊本の実家(合志市)は無事だったようですが、家の周囲では車中泊をされている方も大勢いらっしゃるようで、お風呂を借りに来ているという話も聞いています。とにかく大変な状況ですので、軽々しいことは言えません。

 ──東日本大震災が発生した11年にはヴィクトワールピサが日本馬として初めてドバイワールドカップを勝利。「競馬をしている状況か」という声もありましたが、関係者は「被災地に勇気を与えたい」と参戦を選択しました

 松永:被災地にはヴィクトワールピサのポスターが貼ってあったと聞いたことがあります。チームジャパンだった当時と違い、今回は1頭のみの挑戦。でも、同じような気持ちで頑張ってきたいと思っています。応援してください。