29歳大往生 メジロライアンの逆転「馬生」

2016年03月19日 10時00分

1991年6月、宝塚記念を制したメジロライアンと横山典弘騎手ら

 1991年の宝塚記念などに優勝したメジロライアン(牡29=JRA通算19戦7勝、重賞4勝)が17日朝、老衰のため死んだ。同馬は現役時代高い人気を誇った父アンバーシャダイの牡馬で、92年の引退後は種牡馬として活躍。高齢になった現在は北海道洞爺湖町のレイクヴィラファームで余生を送っていた。

 メジロライアンは1987年生まれで同期はハイセイコーの息子ハクタイセイ、“ナカノコール”で有名なアイネスフウジン、名ステイヤー・メジロマックイーン。著名馬がずらりと揃い、3歳クラシック(90年)も前記馬がそれぞれ分け合う決着で、同馬は3→2→3着と、脇役に甘んじた。

 それでも、さっそうと馬群を切り裂き快勝した弥生賞で多くのファンにアピールしたスター性は引退まで陰りを見せず、“支持率”はタイトル馬に肩を並べるものだった。3歳暮れには有馬記念に挑戦し2着。この年はオグリキャップ奇跡の有終Vのレースとして有名だが、テレビ実況に競馬評論家、故大川慶次郎氏の「ライアン!」という声がかぶったこともファンの間では語り草になっている。“競馬の神様”にも愛されたナイスガイだった。

 メジロライアンの騎乗者といえば横山典。全19戦中15戦で手綱を取った名パートナーは普段は慎重な物言いが多い騎手だが、この馬に対しては出世前から評価が極めて高く、未勝利勝ち当時に「ダービーを意識する馬」と頂上レースの名前を大胆に口にした。前記のように3歳時は惜敗続きだったが、明けて4歳の宝塚記念では執念の4角先頭作戦を採用、追いすがる1番人気の同期メジロマックイーンを1馬身1/2抑えてGI初勝利。馬の能力の高さをついに実証してみせた。以後は屈腱炎を患い92年の日経賞(1着)を最後に引退したが、種牡馬となってからはメジロドーベル(GI5勝)、メジロブライト(天皇賞・春)をはじめ活躍馬を多数送り出し、同期との立場は逆転。父親としては堂々“主役”としてキャリアを終えた。

 名馬では3歳クラシック3冠のシンザンが96年に35歳で死に、その子の同2冠馬ミホシンザンが2014年に32歳で死んだ大往生の例がある。

 訃報を聞いた横山典騎手は「去年も会いに行って、その時は元気だったけど…。人間と同じようにいつかは亡くなるんだけど、29歳(人間の95歳に相当)といったら大往生でしょう。岩崎さんや牧場のスタッフも本当によく面倒を見てくれて…。感謝してます」。忘れられない“相棒”にねぎらいの言葉を贈った。

 管理した奥平真治元調教師「昨日(16日)厳しい状態との連絡がありましたが、残念です。でも、牧場のみんなもシンザンよりも長生きさせようとかわいがってくれて、いい往生だったと思います。GIを勝つには苦労したけど、その分騎手やスタッフの努力が実った感が強いGI勝ちを飾れたし、メジロドーベルという孝行娘も出してくれましたからね。振り返ればいい思い出ばかりです。ご冥福をお祈りいたします」 

 レイクヴィラファーム・岩崎義久氏「現役時代から多くのファンに応援をしていただきありがとうございました。種牡馬を引退してこちらに移動してからも多くのファンが毎年会いに来てくださいましたので残念でなりません。応援してくださった方々に、この場を借りてお礼申し上げます」

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