【競馬JAPAN】公式がない血統の深淵をのぞく

2014年08月07日 10時02分

 

【清水成駿の競馬春秋】

 直千競馬で水を得たセイコーライコウが、遅咲き7歳にしてアイビスSDを制した。この一族としては初の重賞ウイナー誕生。ずいぶん長い時間がかかったが、係わってきた者の一人として格段に嬉しい。

 

 セイコーライコウの祖母スコールイは、鈴木康弘師とともにフロリダのトレーニングセールで競り落としてきた牝馬。その父は、当時、ブレイク寸前のシーキングザゴールド。それに母系の活躍馬も目立ち、セリ初日、思った以上にセリ値は跳ね上がり、牝馬では№1の価格で落札したもの。

 

 とにかくスコールイのトビは軽かった。スピードが有り余っていた。日本に連れて帰ってくれば、ノンストップで重賞戦線にたどり着ける逸材と、当時は無条件に信じて疑わなかった。が、勝負はそれほど甘いものではない。3戦目に未勝利→500万と連勝したものの、待望の中京GⅢでは何とシンガリ負け。OPの壁の厚さに阻まれた。その後、1勝を加えて全3勝。元々、基礎牝馬としての魅力を感じていた馬だけに磨耗を避け、競走馬生活に終止符を打った。

 

 スコールイの仔がセイコーライコウの母ファインセイコー。初仔の兄セイコーアカデミー(共同通信杯3着)がまずまずの走りを見せたので、再び2000万以上の種付け料を払ってサンデーサイレンスをつけたもの。が、生まれてきたのが牝馬のファインセイコー。体も小さくアテも外れた。結局、未勝利。同じ馬と同じ馬を掛け合わせて、どうしてまったく違った馬が出てくるのか。競走馬の種付けにはおおよそ公式というものがない。

 

 が、その未勝利馬ファインセイコーからセイコーライコウが生まれた。一族で最多の7勝をあげ、ついにGⅢウイナーに辿りついた。だからといってファインセイコーが、特別、母として優れていたわけでもない。実際、同馬から生まれた他6頭は、いずれもいまだ未勝利なのだ。

 

 たぶん、セイコーライコウの誕生は、眠っていた祖母スコールイの非凡なスピードが、突然、2代を経てセイコーライコウに甦ったのではないか。自信をもってスコールイを輸入してきた者としては、そう考えたって罰はあたらないはず。因みにスコールイの時代に直千競馬が創設されていれば、同じようにスコールイも「直千の鬼」であったかも知れない。

 

 

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