「いつか必ず持ち帰る」池江泰寿調教師が凱旋門賞勝利の覚悟を講談師・旭堂南鷹に語る

2019年01月02日 12時01分

池江調教師(左)と旭堂南鷹

 日本馬が最も世界の頂に近づいた瞬間——。それは紛れもなく、2012年凱旋門賞のオルフェーヴルだろう。わずかクビ差で勝利を逃した男は世界の厳しさを痛感しながらも、その戦いをやめようとはしない。「いつか必ず日本に勝利を持ち帰る」。JRA調教師・池江泰寿(49)がその覚悟を講談師・旭堂南鷹のインタビューで語った。

 調教師・池江泰寿に僕が強い共鳴を受けたのは、サトノダイヤモンドの凱旋門賞挑戦が現実味を帯びてきたころだった。

「世界一といわれるレースに挑戦しないのでは大和魂を語れない」

 池江調教師といえば洗練されたエリートといった印象が強かっただけに、「大和魂」といった武骨な言葉を口にするとは思っていなかった。やはり土台は馬の仕上げを名刀に例えて語るような大和魂を持った、父・池江泰郎から受け継いでいるのだ。僕は一気に池江ファンになった。そういう意味で一年を通して池江厩舎を追いかけたのは、18年が最初の年ともいえる。その一年をまずは振り返ってもらった。

「17年のリーディングの反動が出ましたね。12月に大攻勢をかけた反動です。リーディングのボーダーを65勝くらいと見誤ってしまいました(63勝でリーディング獲得)。それが半年間こたえてました。GIも勝っていないし、不況ですよね(笑い)」

 池江厩舎の不況はファンの懐にも少なからず影響があったはずだが、これほどの厩舎ともなれば競馬の潮流にも関わってくる。長く続いた西高東低の勢力分布がこの秋、大きく揺らいだ。その要因のひとつが“池江不況”にあると思っている。

「関西、関東と言っている時代じゃないですよ。僕の馬をいかに勝たせるかだけを考えていますから。角居、藤原英、矢作厩舎にも負けられませんからね。関東馬が強くなったのは肌で感じています。ノーザンファーム天栄の効果ですよね。その流れを阻止しなければならないとは思っていますが、19年は大丈夫です。阻止しますよ!」

 笑みを浮かべて悠然と言い切った。池江調教師は白黒ハッキリと発言してくれる。この言葉は希望ではなく、確信を持っていることは間違いない。ただ、ファンにとっては近郊牧場への短期放牧という点にまだまだ不透明な部分が残る。

「厩舎と牧場の関係が昔とは全く違うんです。サッカーで例えるなら、厩舎ってストライカーみたいなもの。近郊牧場からいかにいいボール(いい状態の馬)を出してもらうか、なんですよ。そして僕らがシュートをする。だから同じチームなんですよね。週に1回は調教を見に行って、牧場スタッフとすり合わせをしています。昔はシュートをする前から厩舎でつくらないといけなかった。それが時代の流れですね」

 いくら成績を残しても、賛辞ばかりではない。やっかみのような批判があることも事実だ。だが、午後は厩舎に来ない調教師が増えた今でも、池江調教師が厩舎に滞在している時間は長い。開業15年目でありながらどこかに伝統を感じさせるのは、古き良きモノも残しているからだろう。トップステーブルであり続けるために、指揮官が最前線に立つことは必須だ。

「未来は分からないから、アンテナを張り巡らせておかなければならない。同じことをしていてもダメ。努力して努力して、やっと維持できる。伸ばそうと思うとそれ以上の努力がいる。といっても18年は落ちたけどね」

 自虐的な笑みを浮かべたものの、そこには“池江の逆襲”への確信が宿っている。

「19年は楽しみな馬がたくさんいます。特に2歳は楽しみですが、3歳もここにきて素質開花している馬もいるんで。19年はもっといいと思いますよ。2歳のクラージュゲリエ、サトノルークス、ペルクナス、ボッケリーニあたりは、ダービーに出さないといけない馬だと思っています」

 まだ未出走の馬が名を連ねているところが池江調教師らしい。ついつい夢を語りたくなる。指揮官にとっての夢といえば、凱旋門賞だ。18年は出走馬がなく、テレビで見た。一体、どんな思いだったのだろうか。

「日本馬に勝ってほしい、という応援では見ていませんね。僕が1番に勝ちたいとは思いますが、2番でも3番目でも勝ちたいですから。ただ、どんな馬が凱旋門賞を勝つのか、勝てるのか。それを知るために見ています」

 凱旋門賞に最も近づいた男として何かしら複雑な思いを抱いているのかと思ったが、池江調教師は淡々とそう答えた。

「凱旋門賞はM・スタウト調教師のところに勉強へ行った時、ピルサドスキーで2着。あのころは雲の上のまだ上の世界、宇宙のはるかかなたくらいに思っていました。そこからオルフェーヴルで負けたことで、より思いは強くなりました。昔は夢だったレースが今は目標になった。凱旋門賞は万国のホースマン共通の憧れです。スポーツで例えるなら、凱旋門賞はオリンピックですからね」

 世界に目を向けた時、大和魂がギラギラと輝きを放つ。オリンピックに例えたことが、池江調教師の日の丸を背負う覚悟の証しでもある。

「オルフェーヴル級の馬でなくても勝てると思いますよ。先に挙げた2歳馬たちは、それを求めていいクラスの馬です。ただ、斤量が有利だからといって3歳で挑戦させようとは思いません。やっぱり馬には個体差があります。完成度が高ければ3歳の秋でも問題ない。といっても、普通は3歳のフィジカルやメンタルで向こうに連れて行くのは難しいですね」

 19年はアーモンドアイの挑戦が噂されている。ホースマンのみならず、日本競馬ファンにとっても悲願となった凱旋門賞。困難に立ち向かう池江調教師の姿と言葉を知ると、勝ってもらいたいという思いが強くなってくる。2歳はもちろん、逆襲の旗手となろう3歳勢からも海を渡る馬が出ることを期待したい。最後に19年の目標を聞いた。

「18年勝てなかったGIを勝つこと。ダービーは特に勝ちたいですね。そして、凱旋門賞にも管理馬を出したい」

“池江不況”からの脱却は、競馬ファンがまだ知り得ぬ活況へとつながるはずだ。今や池江泰寿厩舎は東西という垣根を越え、日本競馬の旗手となった。競馬ファンを未知の世界へ誘ってくれると信じている。

【プロフィル】いけえ・やすとし=1969年1月13日生まれ。93年に浅見国一厩舎の助手となり、2003年に調教師免許を取得、04年に厩舎を開業する。06年にドリームジャーニーでGI初制覇(朝日杯FS)を達成すると、その後もトーセンジョーダン、オルフェーヴル、ラブリーデイ、サトノダイヤモンドをはじめ、数々の名馬でGIを勝利する。08、17年にはJRA最多勝利調教師を受賞。父はディープインパクトなどを管理し名伯楽と呼ばれた池江泰郎元調教師、武豊は同級生で幼なじみ。