「競馬界の二刀流」熊沢重文50歳が明かす現役の原動力

2018年06月15日 21時01分

二刀流のプライドを見せる熊沢

【美浦発トレセン秘話】競馬界の「二刀流ジョッキー」といえば熊沢重文をおいて他にいない。

 1986年にデビュー。3年目に当時の最年少記録となるGI勝利(88年オークス=コスモドリーム)を果たし、91年の有馬記念では「これはビックリ」(実況)でおなじみのダイユウサクで大穴Vを飾った。その一方で障害レースの騎乗も続け、2015年には史上初の平地・障害ダブル200勝を達成。平地で成功したジョッキーは障害騎手免許を返上するケースが多いが、熊沢は一貫して「二刀流」にこだわってきた。

 GI制覇後は周囲から「いつまで障害に乗るの?」「早く平地一本にしたほうがいい」と言われたが、熊沢は「障害には障害の魅力があるから」と耳を貸さなかった。

「平地の馬は走ることを覚えた状態で牧場からやってくるけど、障害はイチから馬をつくり、平地以上に密接に関わらなければいけない。ゼロから積み上げていく作業が楽しいので、やめられないんです」

 現在、平地793勝、障害229勝。ダブル200勝はいまだ破られぬ記録だが、「印象に残っているのは悔しいレースばかり。負けたときのほうが心に染み付き、記憶に残っている」と振り返り、一頭の馬を挙げた。

「ステイゴールドでGIを勝ち切れなかったのが、やっぱり悔しい。もうちょっと上手に乗っていれば勝てたレースもあったから…。何より最後まで乗りたかった。人に預けることになったのはボクの至らなさです」

 3歳時から主戦を務め、GI・2着は実に4回(うち1回は蛯名が騎乗)。2000年の天皇賞・春4着を最後に“お役御免”となり、ラストランの香港ヴァーズでGI初制覇。その時の鞍上は1期下の武豊だった。

「グリーンチャンネルで見ていて…。心境は複雑でした。馬だけじゃなく、厩務員さんや助手たちとも縁があったので。正直、いい感情と悪い感情が一緒に込み上げてきました」

 ちなみに、あのダイユウサクの有馬記念Vの後は、東京から帰りの新幹線で缶ビールを飲み、一人でひっそり祝ったという。派手さを嫌い、愚直に淡々と仕事をこなす熊沢らしいエピソードだ。

 50歳という節目の年齢を迎えたが、引き際は考えていない。

「1つ年上の林(満明)さんが引退を決めているけど、ボクは全く辞める気はない。悔しい気持ちがあるってことは、勝ちたい欲があるから。それがある限り、一日でも長くこの仕事をしていたい」

 障害といえば、来月7日に平地(福島・開成山特別)に出走する「最強障害馬」オジュウチョウサンは競走馬にとっての二刀流への挑戦だ。「故障のリスクが心配だね」と怪物を思いやったが、その父がステイゴールドというのは何か縁を感じてしまう。