【RIZIN】“猛女”ガルシアの波乱人生 たった100ドル持ってブラジルから米国へ

2016年11月23日 11時00分

ガルシアの素顔は苦労人でナイーブ

 RIZINで活躍する“猛女”ギャビ・ガルシア(31=ブラジル)が波乱の半生を本紙に激白した。9月のRIZINさいたま大会ではデスティニー・ヤーブロー(26=米国)を撃破して、総合格闘技3連勝。年末の「RIZIN FIGHTING WORLD GRAND―PRIX 2016」(12月29、31日=さいたまスーパーアリーナ)出場も期待される中、女子では無敵の“猛女”を支えている秘密は何なのか。ガルシアが自らのルーツを明かした。

 ――あなたの強さの秘密を知るために半生を振り返ってほしい

 ガルシア:分かりました。母親(アナさん=52)が私を産んだ時、体重は約4500グラム、身長52センチだったそうよ。生まれた時から大きかったってわけね。

 ――日本人の新生児の体重は平均3000グラムだから約1・5倍だ

 ガルシア:そうなるわね。成長するにつれてさらに大きくなった。そのせいで、8歳のころから学校でいじめられるようになったの。

 ――つらい思い出だ

 ガルシア:だから私は体格や性別、人種で差別されることがない社会作りに貢献したい。いじめられている時、一度いじめっ子を殴り返してしまったことがあって、母親に叱られた。そして「友達に暴力をふるうぐらいなら、武道を始めなさい」と言われ、知り合いが開いていた柔道の教室に入ったの。「武道で人としての礼儀を学びなさい」と教えられたわ。

 ――格闘技のキャリアは柔道が始まりだった

 ガルシア:そう。とても楽しかったけど、柔道を始めてすぐに、柔術の大会が地元であって参加したの。そうしたらコテンパンに負けてしまって。悔しくてすぐに柔道を辞めて柔術の道場に入門した。そこからずっと柔術一筋ってわけ。

 ――プロを志したのは

 ガルシア:米国に1人で渡った17歳の時だった。当時の柔術の師匠がブラジルから米国に行ってしまって、私は彼の指導をまだ受けたかったから、後から追いかけていったのよ。100ドル(約1万1000円)だけを手にしてね。あの時の経験が今の私の礎になっていると思うわ。

 ――100ドルだけとは

 ガルシア:そう。みんな驚くけど、私のような立場なら普通のことよ。当時、父親(ルーベンスさん=55)の仕事がうまくいっていなかったということもあるけど…。そういうわけでお金がなかったから、米国では格闘技の練習をしながらアルバイトもたくさんした。生活のためにね。ベビーシッターにボウリング場の球磨き、運送会社の清掃員とか…。MMA(総合格闘技)でいつか食べていけるようになるんだと夢見ながら練習して、アルバイトを続ける毎日だった。

 ――苦労人だ

 ガルシア:その時に私のメンタルは鍛えられたと思っている。最近の若い選手はそういう経験が足りないと思う。そんな生活は18歳の時にヒザを負傷して、ブラジルに帰るまで、1年間続いたのよ。

 ――その後はブラジルで柔術家として活躍した

 ガルシア:父親も仕事が軌道に乗って、以前ほどお金の心配も必要がなくなったこともあって、大好きな柔術に打ち込むことができた。ただ、今でも私はいつでも米国のころのような生活に戻ることも覚悟している。この世界は負けたら終わり。必要とされなくなったら、いつでもアルバイトをまた始めてチャンスを待つわ!

☆ギャビ・ガルシア=1985年11月17日生まれ。ブラジル出身。7歳から柔術を始め、ブラジリアン柔術世界選手権、アブダビコンバットなどグラップリング(組み技)の世界大会で14度優勝。昨年大みそかの総合格闘技デビュー戦ではTKO勝ち。以来3連勝中。186センチ、95キロ。