【八重樫東氏コラム】片道燃料の流儀 ロマゴン戦の神風アタックができたワケ

2022年08月01日 16時00分

現在は大橋ジムでトレーナーを務める八重樫氏がボクシング人生を語った(東スポWeb)
現在は大橋ジムでトレーナーを務める八重樫氏がボクシング人生を語った(東スポWeb)

【八重樫東氏 内気な激闘王(1)】 数々の壮絶な打ち合いを演じて「激闘王」の異名を取ったボクシング元世界3階級制覇王者の八重樫東氏(39)がリングを去ってから、まもなく2年がたとうとしている。まぶたを腫らしながら玉砕覚悟で相手に立ち向かう一方で、リングを離れれば寡黙で穏やかな好青年だ。そんな二面性が交錯するファイターの素顔に迫る新連載「内気な激闘王」がスタート。八重樫氏は自身の半生を振り返り、ボクサーとしての「流儀」を激白した。

 ――まもなく引退して2年。だいぶ顔もきれいになった

 八重樫氏(以下、八重樫)おかげさまで(笑い)。特に後遺症などはないですね。ただ、よくボコボコの顔が「激闘の証し」と言われますが、できることならパンチをもらわず、常にきれいな顔で試合を終えたかった。
 ――激しい打ち合いはファンの心をつかんだ

 八重樫 特に意識して打ち合っていたわけじゃないのですが、試合中はあるキッカケで感情的になったりします。例えば、滑り出しから自分が描いた理想通りに試合が運ぶとさらに完璧を求めて丁寧に戦いますが、途中で一度でもミスすると「もう100点じゃないならいいや!」って大胆になる。カチッとスイッチが入る感じですね。そこは自分の欠点だと思っていますけど。

 ――井岡一翔戦(2012年6月)、ローマン・ゴンサレス戦(14年9月)の激闘は語り継がれている

 八重樫 ありがたいことに、ファンが感情移入してくださったみたいで、特に「ロマゴン戦で泣いた」という声をよくいただきます。僕の試合って、見ている方がゲームのコントローラーで操作している感覚になるようです。みんなが「いけ!」って思ったら必ずいってるみたいで。ファンの気持ちを投影できたのはうれしいですが、最後は倒されてゲームオーバー(笑い)。

 ――試合前は怖くなかったか

 八重樫 いつも怖かったですよ。でも、死ぬかもしれない恐怖ではなく、試合に負ける怖さです。リングに上がったら「もう無事に下りられなくてもいい」って本気で考えていましたから。腕1本なくなろうが、片目が潰れようが、勝てばいいって。だからロマゴン戦のような“神風アタック”ができたんですよ(笑い)。

 ――いつから捨て身の精神になったのか

 八重樫 キャリア晩年からですね。ボクシングをやれる時間がだんだんと少なくなり、試合前に「覚悟」を決めるようになったんです。特に引退間際は自分の体を引き換えに勝てるなら何でもいいって感じ、本当に“片道燃料”で試合に臨んでいました。

 ――リングを下りると一変して寡黙だ

 八重樫 僕はもともと内向的で子供のころから体が小さくてコンプレックスの塊。でも、なぜかリングに立つと強気になれました。リングって面白くて、普段おとなしいのに恐れず立ち向かう人もいれば、逆にいつもイキがっているのに試合で急に弱気になるヤツもいる。リングでは虚勢が通用しません。何の制限もなく自分を表現でき、人の本当の姿を映し出す場所。だから僕はボクシングが好きなんです。

 ――よくギャップに驚かれるのでは

 八重樫 はい、よく言われます。顔は傷だらけでヒゲもあって、試合の僕しか見たことない方は威勢のいいヤツって勘違いするようで…。だから現役時代はよく街で怖そうな人に絡まれました。僕らは手を出しちゃいけないので、そんな時はニコニコしながら「すみません」って謝って猛ダッシュ。僕、逃げ足には自信があるので(笑い)。

 ――これからのボクシング界について

 八重樫 自分の「色」を持ったボクサーが増えてほしい。僕はおかげさまで応援してくださる方が感情移入するボクサーでしたが、逆に井上尚弥のように感情移入できないほど、完全無欠のヒーローショーを見るのも面白い。他にも辰吉丈一郎さん、畑山隆則さん、井岡一翔くん、清水聡…。そんな個性あふれるボクサーの誕生を期待したいです。

 ――現役復帰は

 八重樫 現役晩年にずっと悪あがきをしたのでもういいです(笑い)。それに、いまさら若手の踏み台になって倒される姿を見せたくないし、命を懸けて試合をしている教え子たちに失礼。今は彼らにすべてのエネルギーを注ぎたい。現役時代のように、全力で。

 ☆やえがし・あきら 1983年2月25日生まれ。岩手・北上市出身。拓大2年時に国体を制覇し2005年3月に大橋ジムからプロデビュー。11年10月、WBA世界ミニマム級王座を獲得し岩手県出身初の世界王者になる。12年6月にWBC同級王者・井岡一翔と史上初の日本人世界王者同士の統一戦で判定負け。13年4月にWBC世界フライ級、15年12月にIBF世界ライトフライ級王座を獲得し3階級制覇を達成。20年9月に引退。プロ通算35戦28勝(16KO)7敗。身長162センチ。

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